第51話 屈辱と銀貨1枚の価値
幼児達を教会に
「ほう。これはどこで手にいれたもんかね。この歳になって初めて見る物だよ」
店主であるマーネが珍しそうに呟いた。
「あっ、はい。少し離れた遺跡で見つけた物です」
「そうかね……しかし困ったね。これに見合う対価は払えないね。王都の大道具屋あたりなら買い取れると思うがね」
「えっ?」
クムトが予想外の展開に言葉を無くした。そこまで高価な物だとは思ってなかったようだ。
「ほぅ。なら現物支給でどうだ? 俺達が適当に欲しい物を店内から持ってくる」
「おや。アンタは喋らないもんと思ってたよ」
年の功かマーネにはシュウが喋られる事はお見通しだったらしい。
「で、どうする婆さん」
「あたしゃそれでも構わないがね。それだと足りないかもだよ」
「なら残りはここに残る奴等によくしてやってくれ」
しれっと言うシュウにやはりと言う表情をデュスが浮かべた。
「置いて来たからそうじゃなかろうかと思っとったが……良いのかの?」
「あぁ勿論だ。俺達といる方が危ない」
「……納得せんぞ」
「ならデュスに任せるさ。なっ、おじいちゃん」
何でもない様に言うシュウに胡乱気な眼差しを送る。
「で、どうすんだい?あたしゃ儲かるからいいけどねえ」
「あぁそれで頼む」
シュウは頷くとクムトに視線を向ける。
「分かりました。ちょっと見てきます」
クムトはそう言うと必要な物の物色に店内を見て回る。
「で、アンタはいいのかい?」
「いや、基本的なのはクムトに任せる。それよりは婆さんと話した方がよさげだ」
「ほう。嬉しいことを言ってくれるね」
「でだ。魔法ってのは取り扱ってるか?」
「は?」
「何言ってんだいこの子は? デュスよ本気かね?」
デュスが呆気にとられ、マーネは可哀想な子を見るようにデュスに問いかける。
(ん? 魔導があるならと思ったんだがな……外れか?)
「……恐らく本気じゃろうの」
「ほう。面白いね。アンタ名前は?」
「シュウだ」
「そうかい。シュウよ。魔導全盛の時代に何でまた古臭い魔法なんて物を欲しがるかね?」
(古臭い……だと? こりゃ話だけでも価値有りか……)
シュウは素直に話す事にする。
別段悪い事をしている訳ではないが、余り腹を読まれるのは本来シュウは好まない。
だが今回は素直に話した方がよいと判断した。
「いや、俺は世情に疎くてね。魔導が在るなら魔法も在るんじゃないかと思っただけだ」
「ふーむ」
マーネはジックリとシュウの顔を見る。そして歯の抜けた口元を歪ませながら笑う。
「面白いねシュウとやら。確かに魔法と言うのは存在する。だが売っている物ではない。分かるね」
「……成る程。誰でも使えるもんじゃない事は分かった。で、婆さん。アンタは使えるんだろ?」
「ふむ」
マーネは眼を閉じると何か呪文の様なものを唱える。
其はそよぐ風波
今、我が前に女神の力を
突然、シュウの顔に微風が吹き付けられる。
(これって……)
そう。少し前に同じような詠唱を聞いたことがある。
(ベルニフェイか!)
「どうだい? これが魔法だよ。と言ってもあたしゃこの位しか使えんがね」
「すまんが、根本的な質問をしたい」
「なんだい?」
「魔導と魔法の違いはその詠唱か?」
「まあ、簡単に言えばそうだね。魔導具を使えば誰にでも使える魔導と、素質がなければ使えない魔法。どっちが流行ってどっちが廃れる。ま、解りきった話さね」
何とも悲しげな表情を浮かべるマーネ。
魔法を使える者として、魔法がこのまま歴史に埋没して消滅していく未来など容易に想像出来る。
確かに魔導は便利だ。皆が公平に使用できるという点だけみても魔法とは趣が違う。
そして魔法は才能と素養が必要である。
だが願わくば、どの様な形としてであっても、魔法と言うモノが存在した証だけは残して欲しいものだとマーネは深く思うのだった。
そんなマーネの感情を他所に、シュウはとある可能性に思い至っていた。
(もし俺に素質が在れば……魔法が使えると言う事か!?)
シュウは淡い期待を以ってマーネに問いかける。
「なら、魔法の詠唱が載っている本はないか?」
「そんなものこの世に在るのかね? もしあるなら何処かの大図書館くらいしか考えられないね」
そんな物は取り扱ってないと言う。
「……そうか」
シュウの目標に大図書館が追加されたのは当然の帰結だった。
「ちなみに空間に物を容れて置く魔導具は無いか?」
「収納の魔導具だね。残念だがこんな外れの村に、そんな高価な魔導具は置いてないね」
(成る程……存在はする訳か……)
シュウは町に着いたら、魔導具を確認しに行こうと決めた。
暫しシュウは考える。
この村でも取り扱っていそうな魔導具で値打ちが有り、需要も高い物。
ふと頭に黒いローブが過る。
「なら、魔導輪は取り扱ってるか?」
「ふむ。有るには有るが……」
「何か問題か?」
「そこはデュスに任せるよ」
不思議そうに問うシュウに、マーネは説明をデュスに振る。
「ワシかの? まあいいが……よいかシュウ。魔導輪というのは魔導具の一つでの。魔導を使うためには使いたい魔導を魔導輪に登録する必要がある。そしてそれが出来るのは方陣士だけじゃ。そして此処には……」
(方陣士は居ない……か)
方陣士が居ないのであれば、直ぐに使用するのは難しいだろう。
だが、現状で必ずしも魔導輪が必要かと問われれば、異なと返す。
其処まで必要に差し迫っている訳でもない。
だが、町に行けば方陣士も当然居るだろう。
「つまりここで魔導輪を手に入れても使えない……か」
「そうじゃ」
あっさりと納得するシュウに不思議そうに問いかける。
「あっさりとしておるの?」
「別に今使えないだけだろ。ちなみに幾らだ?」
「ざっと王国金貨で十枚だね」
(しまった! 俺は物価の価値を知らんかったわ……)
シュウの額から汗が出る。
「ち、ちなみに……それは高いのか?」
会話をしている二人の顔が驚愕に歪む。
「ほ、本気かい?」
「まさかまさか、知らんとは言わんじゃろ?」
「………………知らん」
二人は呆然した表情を見せる。
「……シュウ。アンタは賢いのか阿呆なのか分からないね」
「いや阿呆じゃ。喋らんかったのは阿呆がバレん為じゃ」
「くっ!」
(屈辱だ! ジジイこの借りは必ず返す! 倍返しだ!!)
内心でデュスに対して復讐を誓う。
「はあ……いいかい。金貨五枚で家族四人が一月暮らせる」
「ハノイが言っていた旅邸で一泊金貨十枚程度じゃ」
「……成る程」
「まあ阿呆のシュウに教えてやるわい。魔導輪には登録出来る魔導の数が決まっておる。安い魔導輪には登録数が少なく保存量も少ない。高い物程より多くの登録が出来、保存量も多いのじゃ」
(くっ! また知らん事が……聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥……か)
「……保存量とは何だ?」
「阿呆じゃな。マナの貯蓄量。つまり魔導具にマナを溜める入れ物の大きさじゃな。魔導輪は見た事があるかの?」
「……ある」
「ならば光る柱が魔導輪の周囲に出る事は知っとるの?」
「あぁ……なるほど。あの本数が保存量か……使うと消えていたな」
「阿呆の癖に頭の回転だけは早いのう」
「ジジイいい加減しつこいぞ!」
(絶対に復讐してやる! 復讐するは我にあり……って神に委ねてもダメじゃねぇか!)
一人でボケてツッコむ。シュウの内心は混乱の中にあり、静かなる怒りに震えていた。
「あのーすみませーん」
三人が会話をしている中、店内を物色していたクムトがマーネに声を掛けてくる。
「うん? 何かあったかい?」
「はい。この樽の中にあるのは本当に銀貨1枚でいいんですか?」
クムトが不思議そうに訪ねてくるのを怪訝そうにしながらも答える。
「ああそれかい。よく訪ねてくる商人が捨て値で置いてったガラクタさね。使い物になるか判りゃしないよ」
「じゃあ本当にいいんですね?」
「うん? 何か掘り出し物でも見つけたかい?」
「はい! これが在りました!」
クムトが取り出したのは柄の柄頭の部分に丸く鈍い光を放つ紅い石が嵌め込まれた小さな短剣だった。いや、片刃なので短刀だろうか。
「ほう。よく見つけたね。あたしもそんなもんが入っていたとはトンと気付かなかったね」
「なっ、なんじゃそれは!」
マーネは単純に短刀を発見した事に驚き、デュスはその短刀の価値に驚きを示した。
「……あげませんよ。僕だって気に入ったんですから」
「な、なんで其ほどの一降りが銀貨一枚なんじゃ……」
クムトの言葉にも反応せず、デュスは茫然自失な様子で短刀を見つめる。
「よかったじゃないかい。それは間違いなく掘り出し物だよ。ああ、値段は変わらないから安心おし」
「あ、ありがとうございます!」
「剣の鞘はデュスに頼みな」
「はい!」
その言葉にクムトは嬉しそうに微笑んだ。
チリン――
短刀に結われていた飾り紐の鈴が一つ音を響かせた。
その後、短刀の他にシュウの服を数着と数は少ないがポーション幾つか、大きめのリュック、寝袋、携帯用魔導ランプ、水の魔導瓶、そして保存食としての燻製肉など色々と旅に必要な物を手にいれ、余りとして幾らかばかりの銀貨を手に入れ、教会へ戻るシュウ達の姿が見られた。
尚、教会に帰り着くまで、デュスは短刀の一件から立ち直れないでいたのだった。
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