第50話 人心地付ける場所


「ただいまー! 特薬草ポリテヘルバいっぱい取って来たぞーー!」


 パルが元気に教会のドアを開ける。

 特薬草を採取した一行は無事パーミの村まで戻って来ていた。


「まあ、こんなに……」


 ハノイは嬉しそうに微笑む。

 実際に数が少なくなっていたのだろう。本当に嬉しそうだった。

 薬草関連は数が多すぎて問題になる訳ではない。

 応用力の高い物なのだからあればある程助かるのだ。


「ついでに治癒草ヘルバ毒失草ディティリも沢山採ってきた!」


 パルは褒めろと言わんばかりに自慢げに告げる。


「まあまあ二人ともありがとうねえ。皆さんも本当にありがとうございます」


「ま、まあな! あはははは!!」


 偉そうにしていたパルだったが、素直にハノイに褒められてしまい逆に照れ臭そうに笑う。

 別にパルだけが褒められた訳でもないのだが、どうやらその事は頭から抜け落ちているようだ。


「よかった……」


 感謝されることに慣れてないのか、アーチェも嬉しそうに笑う。


「此れだけあれば随分と持つじゃろ」


「ええ。デュスさんには本当に……」


「やめいやめい」


 畏まって頭を下げ様としたハノイを、デュスは片手を振って止めさせる。


「ワシもこの村の一員じゃ。いちいち感謝されとったら身が持たんわい」


 デュスの表情は平静を装っているが、恐らくは照れているのだろう。

 その事が分かるだけにハノイは含み笑いをしてしまう。


「あの、すみません。ここって道具屋とかないですか?」


 二人の会話に割って入った気がして、クムトは恐縮しながら話しかけた。


「はい? ありますが、なにか入り用でしたら私が……」


「いえいえ。今夜一晩泊めて頂くだけで十分ですから……それに売りたい物もあるんです」


 クムトがハノイの言葉に遠慮するが、ハノイとしては危険な場所まで行って特薬草ポリテヘルバを採ってきて貰ったのである。出来る限りの事はしたかった。


「宜しければそれが何なのか教えて頂いても?」


「はい。糸は少し手持ちがあるので、それを売って服を……こんな身なりですから……」


 クムトが自分達の姿を見ながら苦笑して答える。

 施設からここまで着の身着のままでの移動の連続だった。

 途中の小川などで多少は洗ってはいたが、基本はそのままである。

 幾多の戦闘によって、着ている布の服は所々が綻びたり汚れたりしており、清潔とはとても言い難い代物と化していた。

 特にクムトはシュウに貰ったナイフの握り手として肩辺りで布を割いている為、ボロボロ感がすごい。

 クムトの言葉に確かにとハノイは頷き、パッと顔を輝かせる。

 少しでもお礼がしたいと思っていたので丁度良いタイミングだと思ったのだ。


「それなら皆さんの服は私が提供させて頂きます……獣人の方の分は手元に有りませんが…その、子供用の服なら余裕が有りますので」


 大人用の服がない事にハノイは申し訳なさそうにシュウを見ながら答える。


「糸は道具屋なら買い取って貰えるでしょうし。物によっては私が買い取らせて頂きます」


「い、いえ。そんな悪いですよ。それに糸が入り用でしたら少し位は差し上げても……いいですよねシュウさん」


 確認の為にシュウに問いかける。

 当然だが糸はシュウが紡ぐのだ。クムトが勝手に決める事など出来はしない。


(服を提供して貰えるだけでも収支的にはプラスだ。糸くらい構わんな)


 シュウは迷う素振りも見せず首肯すると、リュックから糸を取り出しハノイに差し出す。


(取り敢えずは用意していた糸を見せるか……)


「こ、これは何の糸かしら? 初めて見ますね……」


 流石に蜘蛛糸とは思えないらしい。

 当然だが売り物になるように、シュウが知っている糸に近づけて紡いだものだ。その辺で出回るものではない。


「でも肌触りもいいし。かなりの値が付きそうですね」


 どこか恍惚とした表情でハノイは糸を見ている。

 こんな小さな村だ。

 裁縫の類も出来る限りハノイは自分達で行っている。

 その為、渡された糸がとても高価なものだと言う事に即座に気が付いたのだ。

 この世界の価値観から見てシュウの紡いだ糸の品質は良いらしい。


「宜しければ差し上げますよ」


 クムトの提案にハノイは目を見開いた。


「だ、駄目ですよ! こんな高価な物は貰えません!」


「ですが今晩泊めて貰うのですし……」


「この品質の糸だと旅邸にだって泊まれます!」


 とんでもないと言う様に力強く反論する。

 一泊の宿の代金とはとても釣り合いが取れないのだ。


「その旅邸と言うのがよく分かんないんですが……」


 ハノイの勢いにクムトが困っているとデュスが話に割り込み間を取り持とうとする。


「まあハノイも落ち着けい。まずクムトが尋ねておる旅邸というのはの、貴族どもが好んで使う館一棟を貸し出す大型の旅宿の事じゃ」


 クムトが頷いたのを確認し話を続ける。


「でじゃ、ハノイよ。一泊の宿を提供する序でに、今夜の夕食を豪華にしてはどうじゃな? このまま受け取らんとクムトが納得せんぞ」


「それでも貰い過ぎます!」


「と言うても、クムトも代わりに渡せる物も無し。ここは好意に甘えて素直に貰うておけば良い」


「そうですね。僕の方は豪華な食事がとれるだけで満足ですよ。それに受け取って貰わないと僕の気が済みませんから」


 落とし所が見つかった事でクムトが納得の表情を見せる。


「……分かりました。こんな高価な物を我が教会に与えて戴き誠に感謝の念が尽きません。ですのでせめてものお返しに、私の出来る限りで豪勢な食事にさせて頂きます。今日の夕食は楽しみにしてください」


 漸くハノイが笑顔で蜘蛛糸を受け取った。


「ありがとうございます。今日一日宜しくお願いします」


「いえこれも聖神様のお導きに依っての大切な出会いです。一日と言わず何日でも居て下さって結構ですよ」


「……ならお言葉に甘えさせて頂いても構いませんか? この村には宿屋が無い様なので、こちらとしては大変ありがたい申し出になりますから」


「はい、是非」


「ありがとうございます。」


 クムトとハノイは互いにペコペコとお辞儀を繰り返す。


「で、デュスさん……」


「そ、そうじゃ! クムトは道具屋に行きたいと言うておったな!」


「へっ? は、はい…そうですけど」


 突然大声で話を振られたクムトが目を白黒させながらも何とか返事をした。


「な、ならばワシが道具屋まで案内しようかの」


 ハノイに睨みつけられた事で、好からぬ事が我が身に降りかかる事を予感したデュスが、これ幸いとシュウ達の道案内を買って出た。


(ジジイ逃げたか……)


 思惑が透けて見えるデュスの態度に思わずシュウが呟いた。

 取り敢えずは話が纏まったのは御の字だ。

 宿の確保も出来、品の売買可能な道具屋にも行ける事になった。

 確かに蜘蛛糸は渡しすぎかもしれないが、別段これといって懐が痛む訳でもなし、これからの事を考えてもシュウはいい落とし所だったと思った。


(当面は此処での生活になるだろうな)


 ダンジョンからの脱出など、度重なる厳しい環境にあったシュウ達は、漸く人心地付ける場所に辿り着いたのだった。

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