第18話 小広間の一時


 岩甲虫カヴラドモとの死闘を何とか制した一行は漸くの休息に在りついていた。

 幼児達は体力を消耗したのかすでに座り込んでいる。

 スムも壁に寄りかかるようにして息を整えていた。

 一緒に走ったはずのクムトだけが、軽く呼吸を乱す程度で確りとした足取りで立っている。


「やりましたねシュウさん」


 ニコリと笑顔で声を掛けてくるクムトにシュウが応とばかりに軽く吠えて返事を返す。

 内心では、



(何でお前はそんなに体力が残ってんだ?)



 などと思っていたが。

 漸く息を整え終えたスムにクムトが休憩がてらにさっきの虫は何なのかと質問する。

 スム曰く、岩甲虫カヴラドモ

 岩の中に巣を作り周囲に近寄ってきた獲物を刈る野獣。

 群れで行動する事でも有名で、その名の通り岩の様な外皮を持つ。との事だ。


「ぶっちゃけて、ありゃあ予想外だ。ダンナが居なけりゃ俺らは奴らの餌だったな」


 スムが肩を竦めながら言う。

 実際にシュウがいなければあの局面は数の暴力で押し切られていただろう。

 スムも魔狩人らしく一匹ずつなら対処出来ただろうが、あの数を一人で仕留める事は出来なかっただろう。

 実際に前方の敵に対応するだけで一杯で、後方へと意識を向けるのは難しかったのは事実だ。


「とりあえずだ、ここまで来た以上はこのまま進み続けるしかねえ」


「ですね……。また岩甲虫カヴラドモの群れに出会ったら凌げるかは分かりませんし……せめてもう少し広さが有ったらシュウさんも戦いやすいと思うんですけどね」


 スムの言葉をクムトは肯定しつつ、この通路の広さに対する苦言を述べる。

 確かにこの広さではシュウの巨体が仇となっている。まあ後方への壁としてはその巨体が役に立ってはいるが。


「まあ、それは今更だな。それよりもガキどもの息が整ったらサッサと先に進むぞ。さっきのクムトの言葉じゃないがこのままじゃ正直厳しい」


 スムの言葉通り、少しの休憩を挟むと一行は再び歩き出した。

 暫くは縦長に歪に伸びる通路を唯延々と歩き続けるだけだった。

 その間に岩甲虫が寄って来なかったのは幸運だっただろう。

 そしてその通路も漸く終わりが見えて来る。


「おし! もう少しでこの狭い通路ともおさらばだぜ!」


 スムが終わりが見えた事で気力を漲らせる。

 後に続く幼児達も何処かホッとした表情を浮かべている。唯ひたすらに歩き続けた事で疲れとストレスが溜まっていたのだろう。

 皆気力を振り絞って残りの通路を歩き切ると、出た先はちょっとした広さの小部屋になっており、その先にはY字路型に穴がまた二つ開いていた。


「マジかよ……まだ続くのか」


 新たな二つの通路の大きさも先程と同程度で、この小広間を抜ければまたシュウの行動に制限がかかるのは明白であった。

 一行は小広間に入る手前で一度止まり小広間の様子を伺う。当然野獣の群れが居ないかを確認する為だ。

 運が良かったのかシュウの感覚を以てしても、小広間に生物の存在は確認出来なかった。

 シュウが頷くのを確認し一行は安堵の息を漏らし改めて小広間に足を進めた。

 小広間に着いた一行はさっそくとばかりに小休止と今後の打ち合わせを始める。


「どうする? 俺が先行して偵察するか?」


「それは流石に危険すぎます。さっきみたいに多数で来られれば……」


「確かに一人で相手するのは無理だな。上手く逃げ切れれば御の字だろう。だが逃げてこの部屋に誘い込むって手もあるぜ」


「……それだとシュウさんが立ち回り易いですね。この部屋なら体格による弊害も無いでしょうし。ですがスムさんが一方の通路を進んでいる間に逆の通路から敵が現れたら、こちらからのサポート……いえ助力は難しいと思います。そこにスムさんが敵を引き連れてきたら……」


「さっきみたいに挟撃となるか……ていうかクムト、お前よくそんな事まで考え付くな? 本当にガキか?」


「ガキって言わないでください! 僕は十四歳ですよ。立派な大人です」


「ガキがガキって言われて怒るのは、まだまだ一人前の大人になってない証拠だぜ」


 真面目なミーティングだったはずがいつの間にか雑談に変わっていた。

 いや、敢えて雰囲気をスムが崩した可能性がある。

 重々しい感じは消え適度にリラックス出来る空気に変わったのだから。


「ねえパル? 十四歳って大人なの?」


 アーチェが不思議そうに問いかけると、鼻息荒くパルが答えた。

 

「あったりめーだろ! クムト兄ちゃんは大人だぞ」


「……そういった意味じゃないと思うよ……僕」


 ファヌは控えめに訂正を入れる。

 そんな幼児達の話を耳にしたクムトは恥ずかしさからか顔を赤らめながら話を戻そうとする。


「ぼ、僕の事はいいんです! それで偵察ですけど僕はやっぱり全員で進んだ方がいいと思います。ただシュウさんにはまた不便をかけると思いますけど……」


「だな。ダンナはそれでいいかい?」


 シュウは了承の意を込めて首肯する。

 どのみち進まなければければいけないのだ。敵を排除して進むとしても、排除後にいつまた他から敵が集まってくるかは分からないのだ。

 そうであるならば先程と同様に全員で進んだ方が効率的である。

 無論危険度は高くなるが、ここは勝負する一択だろう。


「分かった。ならどっちの穴に飛び込むかだな……」


 スムが視線をY字になっている二つの穴に向ける。


「やっぱりダンナが決めろよ。今までだってそうして来たんだから俺は反対しねえ」


「ですね。シュウさんの感を信じましょう」


 珍しくもシュウは戸惑っていた。正直どちらに行っても同じような気がするのだ。

 シュウの感はどちらも同じ位“危険”だと訴えかけている。



(まぁ進むしかないんだが、どうもヤバそうな臭いがプンプンしかしねぇ。となると、どちらがより危険度が低いかだが……)



 結局はどちらも変わらないと思い徐に右を指し示す。


「右だな。そんじゃ行きますかね」


 スムの掛け声で出発する一行。

 隊列は変わらずスムを先頭に次いでクムトと幼児、殿にシュウだ。

 今回シュウは自分が先頭に立った方が良いと思ったのだが、シュウが前方に立つと穴の大きさとシュウ自身の巨体の為に、後ろにいる皆が前を視認しにくくなるという弊害が起こる。

 であれば、何か確証がある訳でもないシュウが強硬に変更を要求する程ではない。

 そう判断しシュウは口を挟まず、結局今までと同じ隊列で進む事になったのだが、シュウはこの判断を後に後悔する事となる。

 それは最悪の形で現れるのだが、それをシュウが知るにはもう暫く時間が必要だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る