第17話 横穴と野獣の群れ


 シュウ達がダンジョンの探索を始めてそれなりの時間が経っていた。

 かなり歩いた筈だが未だに道が途切れるといった雰囲気は無かった。

 歩いた距離から考えても結構広大なダンジョンの様にシュウには感じられていた。

 これで出口なり階段なりが中央に在ったら延々と歩き続けるだけで脱出する事は叶わないだろう。



(ある程度行ってダメなら、さっさと別の方法に切り替えた方が得だろうな。ランプの灯りが切れないのがせめてもの救いか……水源でもあれば方針も立て易いんだけどな。水分補給も出来るし……)



 洞窟で水が流れていると言う事は、水の流れの元……即ち水源は外部に近いと考えられる。

 水は高い所から低い所へ流れるものだ。

 これが人工的なダンジョンとかならばこの考えは成り立たないが、自然発生したダンジョンであれば出口に近づく可能性は高くなる。

 そう考えながらも、今は兎に角左手の法則に従って先に進む事を優先せざる得なかった。

 そうそうに出口を見つけなければならないのだ。何せ食料もなければ水分も無いのだ。

 時間が経てば経つ程行動に制限がかかるのだからなるべく早くダンジョンから脱出する必要がある。


「なあ、このままで大丈夫か? 結構歩いたぞ」


 スムもあまりの変化の無さに不安を感じ始めて来たのか、少し焦燥感に駆られているようだ。

 代り映えのしない景色は時として不安を誘うものだ。

 幸いにも先の影蝙蝠の一件から野獣の襲撃には遭っていない。

 シュウが視界を確保した上での移動なのだから、不意打ち的に襲撃される可能性は低い。

 これは大きなアドバンテージになっていた。

 野獣がダンジョン内を跋扈している事が分かったのだ、突然襲われて全滅というのが最悪のケースだろう。

 次いで出口が見つからず野垂れ死ぬパターンか。どちらにせよそんな状態になるのは御免だった。



(このまま出口まで何事もなく辿り着けるのがベストなんだがなぁ)



 そうこう考えていた時に漸く変化が訪れた。

 視線の先に新たな洞窟の入口の様な穴が見えて来たのだ。

 だが天然で作られたというよりは何かが掘り進んだ後の様にも見える。その割には入口の穴はかなり大きいが。


「……どうしますかシュウさん。入ります?」


「そりゃ入るだろ。このままダラダラ歩いてもしょうがねえよ」


「いや、それはそうなんですが……シュウさんの体格からして……」


「ああ、成る程な。確かにちょっと狭くなるか……」


 そうなのである。通路自体入る事は可能だろうがこの巨体である。

 ほぼ小回りが利かなくなるのだ。視界も狭まるし。



(だけど入らないって選択肢はねぇよな)



 スムの言う通りこのままダラダラと歩いても気力の方が先に潰える。

 であるならば虎穴に入らずんば虎子を得ずである。ここは進むのが吉だろう。

 皆もその事は分かってはいるのだが不自然な穴に不安もある事も否めなかった。だからクムトは問いかけたのだろう。

 シュウは大丈夫だと言うように頷く。


「うし。なら行くか!」


 シュウの反応を見て、漸くの変化に喜びを感じてか自ら率先して通路へと向かうスム。

 クムトも苦笑するとスムに続こうとするが何を思ったか足を止めた。


「ちょっと待ってください。シュウさん皆を降ろした方が良くないですか?」


 ここからは幼児三人には歩いてもらう方が確かにいいだろう。

 小回りの利かない状態で、三人を乗せたまま戦闘にでもなったら防ぎようがない。

 シュウは頷くと器用に尻尾を使って幼児達を優しく揺する。


「んん? おい、ファヌ起きろ! 何か穴が開いてるぜ」


「えー。あー。うん……」


「ファヌ起きて。シュウお兄ちゃんの邪魔になるよ」


 ほとんど眠っていたような感じだった三人も目を覚まし、シュウの尻尾の助けを借りつつ地面に降りる。

 シュウはふと思いついて右の鎌で左のそれを切り落としてみた。

 半ばから切り落とされた鎌はそのまま地面へと突き刺さった。


「な、何やってるんですシュウさん!」


 驚きに声を上げるクムトを余所に意識を集中させ鎌の復元を試みるシュウ。

 思い描いた通り切り口からは赤い泡が溢れ、見る見るうちに鎌が修復されていく。

 一つ頷くと再び鎌を途中で切り落とし修復させる。

 残されたのは切り落とされた二振りの鎌の欠片。

 シュウは身を屈め、上半身の手で鎌を持つと徐に手に意識を集中させる。

 両の手は熱を放ち鎌の一部を溶かす。持ち手を作ったのだ。

 同じ要領でもう一振り簡易ナイフを作り出すと、スムとクムトの前に落とす。

 即座にシュウの思惑に気付いたクムトが自身の着ていた布の服を袖口から引き千切り持ち手の部分に巻いていく。


「……成る程な。確かに獲物無しじゃ物騒極まりねえしな」


「ありがとうございます」


 二人はナイフの握り具合を確かめる様に軽く振るうとしっかりと頷いた。


「よし。なら行くぞ!」


「「「はーい!」」」


 気合の乗ったスムの掛け声に気力を取り戻したのか、元気に返事をする三人の幼児達。今度こそクムトも頷いて後に続く。当然のように殿はシュウだ。

 一行はスムの持つ灯りを先頭に通路の様になっている穴へと足を踏み込んだ。




 それからは死闘だった。

 どうやらこの穴はこの洞窟に住む虫が作り出していたものらしく。一行が少し進むとカサカサと音を立てながら壁を虫が這い寄って来たのだ。

 どうやらスムの持つ光に惹かれて集まって来たようだ。


「チッ! 岩甲虫カヴラドモの群れかよ!」


 スムが吐き捨てる様に呟くと、右手に持っていたランプを左手に持ち替えると、ズボンとベルトの間に挟んでいたナイフを素早く抜き放ち右手で構える。

 次いでクムトも壁側に移動し背で幼児達を庇うようにしつつナイフを構える。

 現れたのは灰色の岩を纏ったような虫達。

 体長は二十センチくらいだろう。四対の歩脚を持ち、一番前の脚の符節からは鋭い爪が生えている。

 甲羅のように岩を纏っている為飛べるようには見えないが、台所によく出る虫のようにかなりの速さで這い寄って来ている。

 そんなカヴラドモとスムが呼んだ虫が十匹程前方より襲い掛かってくる。


「クソッ! 数が多い!」


 スムはそう言いながらも手に持ったナイフを使い、最初の一匹に向け腰を回すようにして、力を乗せた刺突を繰り出した。

 ナイフは頑強な外皮に阻まれ貫くには至らなかったが、後続に向けて上手く弾き飛ばす事に成功する。

 後続を巻き込めたお陰か、うまい具合に岩甲虫の足止めになった。

 後方からも五匹の岩甲虫が這い寄って来ており、それを素早く見取ったシュウが1匹を尻尾で貫く。

 穴の狭さから方向転換が難しいシュウは、1匹を貫いたままの状態をあえてキープし、死骸を利用した分銅として利用する。

 尻尾を鞭の様に振り回す事で残る四匹の岩甲虫へ牽制した。

 前方ではスムが先に弾き飛ばした岩甲虫の節にナイフを突き刺し素早く一匹を仕留めていた。

 クムトはスムの対側の壁を伝って来た一匹をナイフを振り回し地面へと叩き落とす。

 気付いたシュウがすぐに前進して距離を詰め、鎌で一刀の元に両断した。

 尻尾で上手く四匹を捌きながらシュウは現状把握に努める。

 このままでは数に押されると思ったシュウが短く吠えクムトに合図を送る。

 直ぐにシュウの意図に気付いたクムトがスムに声を掛けた。


「スムさん! 右! 飛んで!」


「!」


 その声に反応して咄嗟に右の壁ギリギリへと飛ぶスム。

 その横を風の咆哮が轟音と共に通り抜け岩甲虫ごと空間を貫いていく。


「走って!」


 クムトの声に弾かれた様に前方へ走り出す幼児達。

 スムも態勢を整えると生き残った岩甲虫を刺突で貫き、そのまま振り払って前進する。

 後ろからは尻尾で四匹を捌きながらシュウも続いた。

 シュウの咆哮によって出来た空間を一行が駆け抜けると、そのまま岩甲虫を置き去りにし何とか振り切る事に成功する。

 後方から迫ってくる岩甲虫はシュウの尻尾により足止めされており、スムが後方へと駆け戻り、足止めしていた岩甲虫を一匹ずつ処理していった。

 数が減った岩甲虫は、漸く反転したシュウの鎌によって次々と切り裂かれ、遂にはその全てを排除する事に成功するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る