第19話 最悪の行為


 二股に別れていた通路の片方に入ったシュウ達一行は、先程と同様に歪な通路を歩き続けていた。


「待て!」


 そのまま黙々と通路を歩いていると、不意に先頭を進んでいたスムが手を横に広げ全員に注意を呼び掛ける。

 前方に見えて来たのは体長六十センチ位、ちょうど幼児の頭と同じくらいの青白い粘体の身体を持つ野獣だった。

 その粘体の一部からは短剣のような二十センチ位の鋭角な角が生えている。

 そうファンタジー定番のスライムである。違いは物質的な角を持つことだろう。

 その数は五匹で、それを多いと判断するか少ないと判断するかは相手のステータスによる。



(定番ちゃあ定番だが、ゲームだとどっちのタイプかで難易度は変わるんだよな。まあ羽の生えたスライムもゲームではいる事だし、角が生えてる位は許容範囲内だろ)



 シュウの頭には水滴のような形で水色の可愛いタイプとゲル状の気持ち悪いタイプの二つが浮かんでいた。

 無論前者は冒険の最初に出会う雑魚モンスターで後者は中盤以降で出会う強者だ。

 見た感じは前者に近い形態で角が生えたタイプだが……。


角粘軟コルノリモだな……ちょっとやべえぞダンナ」


 見た目に反して後者だったようだ。スムの表情はちょっと引き攣っている。


「奴らに物理攻撃は利きにくい。身体にある核を壊してやれば倒せるが、ちょこまかと動きやがるし中々獰猛だ。それが五匹も居やがる。撤退してもう片方の道を進んだ方が無難だぜ」


「分かりました。スムさんがそう言うならヤバい奴なんでしょう。引き返した方が良さそうですね」


「ああ、幸いにもまだ気づかれて無いらしいし、今のうちに……」


 スムの意見にクムトも賛同し撤退の方向で話が纏まりそうだった時、シュウの聴覚が聞きなれた音を捉える。

 方向は今来た方……小広間側からだった。

 恐らく、いや間違いなく岩甲虫だろう。

 聞こえてくる音の数からして少なく見積もっても前回と同じ位数はいそうだ。



(コイツは……ちょっとまじぃか?)



 一瞬身体を反転させるべきか迷う。

 通路に入るのをまるで待っていたかのようなタイミングを合わせての襲撃だ。恐らくはそんな時間は与えてくれないだろう。

 仮に反転出来たとしても背を向けた状態で、より危険度の高い角粘軟に後方から襲い掛かられた場合、尻尾だけでは対処が難しいのは確実だ。

 せめて音を立てずに後退して、未だ気付かれていない角粘軟から距離を取るのが先決だろう。

 そう判断したシュウは慎重にそれでいて大胆に後方へと歩脚を動かして後退する。


「シュウさん? ま、まさか……」


 突然動き出したシュウの行動に驚くのも一瞬、クムトは最悪な想像をしてしまう。



(構うな。今は少しでも早く!)



 シュウは音を極力立てない蜘蛛の歩脚に今は感謝の念しかなかった。ましてや前進と同じ速度で後退が出来るのだ。

 現状ではこれ以上ないサポートだろう。



(せめてもう少しこの場所が広ければな……)



 言っても仕方ない事だが心底そう思う。今はこの巨体が憎い。

 カサカサと音を立てながら現れたのはやはり岩甲虫で数は十数匹と言った所だろう。

 壁面も使って迫ってくる絵面は台所を這う黒い虫同様に気持ち悪いの一言だった。


「なっ!? 岩甲虫カヴラドモ…だと!」


 後方から迫る岩甲虫の群れに気付いたスムの驚愕の声を聴き流しながら、せめてその数を減らそうとシュウが尻尾を動かそうとしたその時――



「「「「「イイイイイィィィィィ!」」」」」



 突然岩甲虫の群れが鳴き声を上げた。


「マジかよ……。や、やべえぞ! クムト全力で後退だ!!」


 スムの焦った叫びがシュウの狼耳に飛び込んでくる。

 どうやら角粘軟達に気付かれたらしい。足音に関してはもう関係ないだろう。今はいかに角粘軟達から距離を取るかだ。

 シュウはあの硬くなった身体をイメージする。即座に身体の色が変化し自身の防御力が増した事を感じ取った。



(兎に角あの小広間まで戻れればいい!)



 移動の速度を更に上げ、そのままの勢いでシュウは岩甲虫に突貫する。

 だがその作戦は上手くいかなかった。

 弾き飛ばした岩甲虫が他に当たりそれがまた他にとドミノ倒しの様になってくれればよかったのだが、数匹弾き飛ばした状態で逆に積み重なり道を塞いでしまったのだ。

 後方から駆け寄ってくるクムト達と自身の間は五、六メートルは離れている。

 その更に後ろを角粘軟が身体を伸縮させながら迫って来ている。

 角粘軟とクムト達の差は二メートル位。幼児達の足の遅さが原因だろう。

 スムが遅れがちなファヌを手を引きながら走り、クムトは両手で引き摺るようにパルとアーチェの手を引いている。

 余り猶予は無さそうだ。

 シュウは積み重なった岩甲虫に対して更に体当たりを仕掛け、そのまま合成獣の膂力で押し込みながら進む。

 だがそれも次の音を聞くまでだった。

 先程の鳴き声は角粘軟だけでなく岩甲虫の仲間を呼ぶ声でもあったようだ。

 更に追加で十数匹が岩甲虫が積み重なって出来た壁の向こうから迫って来ていた。



(くそ! 正面さえ向いてりゃ咆哮でもぶちかませるんだが……)



 だが非情にも頭の向きは角粘軟側に向いている。せめて角粘軟に対して咆哮を発すればいいのだろうが、この広さで幼児の手を引きながら走っているクムト達の状況では避ける事は出来ないだろう。

 後方から追いついた岩甲虫の数の重量によりシュウの突進も止められた。

 必死に尻尾を鞭の様に使って岩甲虫を弾き飛ばし、後方へと……正確には前方へと抜けない様にするのが精いっぱいだった。

 シュウは必死に尾の先から網目状の蜘蛛の巣を吐き出し、横から抜けようとした岩甲虫を足止めする。

 と――シュウはファヌの手を離すスムのその瞬間を目にした。



(なっ!?)



 倒れたファヌに群がる様に襲い掛かる角粘軟達。そしてファヌの姿は角粘軟の群れの中に消えた。


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