第10話 クムトの生い立ちと新たな人影


 クムトを仲間に加えたシュウは取り敢えず残った三つの部屋を確認していた。


「やっぱり誰もいないね」


 これで三つ目。最初の部屋でクムトと出会えたのはどうやらラッキーだったようだ。

 部屋の造りはどの部屋もそう違いはないらしく、特に目立った収集品もなかった様だ。

 他人から聞いた様に聞こえるだろうが、シュウは体格上部屋に入り辛かった為、専ら部屋の散策はクムトにの願いしていたのだ。

 兎に角これで最初に見つけた四部屋は全て確認した事になる。

 とすると次は通路の先に進む必要があるのだが……右か左か何方を行くかが問題だった。


「グルゥ」


 室内から通路に戻ってきたクムトに視線を投げ掛け、何方に行くかを尋ねてみる。


「えっと、どっちに進むかだよね。う~ん、シュウさんはどっちが良いと思います?」


 あっさりと逆に問い掛けられてしまった。

 ならば直感でと右のT字路に進む事を行動で示す……と言うか単に左側から部屋を見て来たので右が近かっただけなのだが。

 まずシュウが先行して通路を進みT字路まで辿り着く。

 見回すと右は行き止まりだが部屋が一つあり、左には部屋は無いが先へと進める通路となっている様だった。



(取り敢えず一つ一つ確認していくかのが妥当だな)



 そう考えT字路を右に曲がりドアの前で止まると視線でクムトに室内の確認をお願いする。


「分かりました。ちょっと見て来ますね」


 通路の警戒は今まで通りシュウに任せ、クムトはドアを開けて部屋を覗き込んだ。

 室内は本来なら危険があるかもしれない為、自分が確認するのが好ましかったが、いかんせんこの身体である。

 どうしても入る必要があるのでなければ、効率の面から考えてクムトにお願いする方が賢明だった。


「あーやっぱりさっきと殆ど一緒だね。誰もいないし何もないや」


 すぐに首を引っ込めるクムト。その顔にもハズレと書いてあった。



(まっ、しゃぁねぇか)



 分かったとばかりにシュウは一つ頷くと、通路をT字路まで戻り、そのまま進路を変えて左の通路を進んでいく。

 そのまま長い通路を抜ける事数分、行き止まりに着くと今度は左に通路が続いていた。

 折角の機会だと思い、シュウは通路の道すがらにクムトとのボディランゲージでの会話を試みていた。


「えっと、今までどうしてたって聞いてるのかな?」


 首を縦に振って肯定を示す。主にクムトが喋り、シュウが肯定か否定化を身振りで示す事で会話は成り立っていた。

 細やかな話は兎も角、何とか意思の疎通は出来ていると思われる。


「えーっと、そうだね。どうやら僕は村に住んでたらしいよ」


 自分の身の上を聞かれたと思ったクムトが語り始める。

 それから暫くはクムトの身の上話が続いたが、聞いているシュウは何処か他人事でも語るかの様な少々チグハグな印象を受けていた。



(自分の事だろうに、どういう事だ?)



 流石に作り話とは思えないが違和感は変わらず感じる。

 だがここで嘘をつくメリットはないだろう。



(まぁ嘘かどうかはこの際どうでもいい。今は状況を判断する材料が欲しい。取り敢えず話は聞いておいて損はねぇだろ)



 そう考え違和感を横に置いておき、クムトが語った内容だけを把握していく。

 話によるとクムトがこの場所に連れて来られたのはつい最近で、今居る施設自体についてはよく知らないようだった。

 だが収穫もあった。

 クムトが捕まったのは、どうやらあの光の障壁が張れたのが理由らしい。


「村に住んでいたけど、僕以外の人はそんな力は持っていなかったんだ。皆は魔導具を使ってたんだ……けど」


 偶然あの力を使っていたら、変なローブを纏った男に捕まったとの事だ。何とも運が悪い。

 そんな考えが表情に出ていたのだろうか、クムトが少しの間剥れていた。



(いや、よくこの狼顔で表情が読めるよな)



 別の意味で感心していると、今度は何故かクムトの機嫌が直った。

 単純なのか、素直なのか判断に困るが、クムトが人の感情に敏感である事は理解した。

 その話の中では魔導具の話題も上がった。

 この世界では一般的に魔道具を使って魔法……魔導と言うらしいが……を使用するのだそうだ。

 どうやら魔法と思っていたのは魔導だった様だ。何故魔法ではなく魔導と呼ぶのかはクムトの話からは読み取る事が出来なかった。

 またこの世界には神の恩恵であるスキルという力が存在しており、通常はある程度訓練や経験を積む事でスキルを会得するらしい。

 と言うのもその辺の詳しい内容はクムトもよく知らないとの事だ。

 村では「神様が頑張った人にスキルを与える」と教えられていたらしい。

 村に居た狩人もスキルを会得していたらしいが、どのように会得したなど詳しくは教えて貰ってはいないそうだ。

 唯分かったのはクムトの使った力も神様に貰ったスキルのお陰だと村では思われていたようで……



(だから誰も不思議に思わなかったのか……)



 そんなやり取りをしている間に漸く通路の先が見えてくる。どうやらこの先は行き止まりになっている様だ。

 ただし二つのドアが見て取れる事から、部屋の中に誰かが居る可能性も考えられる。

 シュウは瞼を閉じると五感の感覚を研ぎ澄ます。クムトの時の様な失敗は避けるためだ。

 手前の部屋の中に人の気配がするのが感じ取れた。だがどうもその様子がおかしい。

 こちらの存在に気付いている様子だが動きがほぼ無いのだ。



(待ち伏せでもしようってか?)



 取り敢えずは、クムトがドアに近づこうとするのを、前腕である鎌を伸ばして行く手を遮って止める。

 クムトもシュウの様子に気付いたようで、素直に足を止め視線で問いかけてくる。

 ここで声を出さないのは流石と言えよう。

 ゆっくりと慎重に歩を進め、2人でドアの前へと辿り着く。

 身振り手振りで前もって立ち位置を調整しておく。

 クムトが外向きのドアの裏に回るように陣取り、シュウが開いたドアから中が見える位置に移動する。

 クムトに被害が出ないようにした位置取りだ。流石にクムトを矢面に立たせる程シュウは考え無しではない。

 視線を交わしクムトは一つ頷くと、ゆっくりとドアノブを回す。

 微かな音と共に扉が開かれた。と同時に……


「シッ!」


 鋭い呼気と共に男が躍り出てくる。

 予想通りに不意を狙っての襲撃だった。

 気配を感じた時に、男がドアの傍で息を潜めている事が分かっていたのだ。ならばこうなる事も想定内だ。

 先の灰色ローブの男達との戦闘から感覚が増していたシュウは襲撃者の姿を捉える事に成功する。

 年の頃は二十代後半。薄くくすんだ金髪に少々たれ目をしているが、現在その目は鋭い光を放っている。

 武器は持っていないようだが、どうやら実戦慣れはしている様だ。

 シュウは異世界からやって来た為、実戦など先の戦い以外はしたことがない。よくやって喧嘩ぐらいなもんだ。

 だが人間と合成獣ではその身体能力が違い過ぎた。多少の経験の差などあってないようなものだった。


「グォン!」


 シュウは冷静にその男の動きに合わせる様に前腕を差し出した。


「くっ!」


 男は態勢を崩しながらも反射的に何とかその一撃を避け、後方へと跳躍する。何気に身軽であった。


「なっ!?」


 そこで男は初めてシュウの姿を見て動揺したのか、一瞬その動きを止めたのだった。

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