探偵は家から出ない
今回から「証拠のかわりに」を取り上げます。いよいよ、残すところ後、二作品というところまできました。
作者はレックス・スタウト。ネロ・ウルフの生みの親。本作でもネロ・ウルフが活躍します。
田中小実昌さんはニーロ・ウルフと訳していますが、現在、多い表記はネロなので、ここではネロとします。そのほうがネット検索などでも探しやすいからです。
このネロ・ウルフ。ちょっと変わった探偵です。
まず体がデカイ。なにしろ食べるのが大好きなのです。といってもただ量があればよしとするタイプではなく、大変なグルメ。お抱えの料理人がいます。大きな体のせいもあって外に出るのがとにかく嫌いなのですが、おいしいもののためならば、いそいそと出かけていきます。
探偵としての情報収集などの活動はすべて助手のアーチー・グッドウィンまかせ。本人は家を出ずに推理を披露します。そうです、安楽椅子探偵なのです。
念のために書いておきますと、安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)というのは、実際の犯罪現場に出向かず、人づてに入手した情報だけで事件を解決するタイプのミステリの総称です。
代表的なシリーズは海外古典ですと、M・P・シールのプリンス・ザレスキーもの、バロネス・オルツィの隅の老人もの、ジェイムズ・ヤッフェのブロンクスのママもの、といったところでしょう。日本だと都筑道夫さんの退職刑事シリーズがおなじみです。
安楽椅子探偵というのは、純度の高い推理を味わう形式として認識しておりました。情報だけあれば、名探偵は謎を解くことができると示す形式だからです。アクションや恋愛といった要素でサービスをしないで、推理のみで読者をもてなそうとする形式としてもいいかもしれません。
ネロ・ウルフの頭脳をけなすわけではありません。ただ、この巨漢グルメ探偵の場合は「外に出るのが面倒くさい」「好きな蘭の世話をしたいので外に出て犯罪捜査をしている時間などない」という要素があっての「外に出ないで推理だけする」わけです。ネロ・ウルフのシリーズが安楽椅子探偵ものだという認識が薄いのは、こういった明確な外に出ない理由があり、かつその理由が名探偵としては褒められた態度ではないからかもしれません。
またネロ・ウルフは長編で活躍する名探偵だというイメージがあるのも、蘭好きの探偵を安楽椅子探偵という言葉から遠ざけているのかもしれません。
安楽椅子探偵ものは、ミステリとしての構造上、最後に名探偵の推理があります。「なんだそんなの当たり前じゃないか」とお感じになったことでしょう。私もそう思いました。
長くなりそうですので次回、詳しく書いていきます。
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