乱歩の問いに答える
そろそろ「危険な連中」のまとめに入ろうかと思います。【乱歩からの出題】と題した回で、選者の乱歩による短い作品紹介のなかに問いかけがあることを紹介しました。再度、引用しましょう。
コリアー、アイリッシュ、ヘクト、ブラウンと並んだ推理短編の質的変化に、読者はお気づきであろうか?
『世界推理短編傑作集5』(江戸川乱歩編 創元推理文庫) P.190より
ジョン・コリアー“Back for Christmas”、ウィリアム・アイリッシュは“The Fingernail”、ベン・ヘクト“Miracle of the Fifteen Murders”、フレドリック・ブラウン“Dangerous People”の四作品はすべて『世界推理短編傑作集 5』に収録されています。
乱歩からの問題を考える形で進めていくつもりでしたが、変わった登場人物の名前や、後期クイーン問題など、ずいぶんと寄り道をしました。
白紙回答もできないので、仮の答えとして「スリルと諧謔」の配合の比率の変化ではないか、と書きました。
基本的には変わっていませんが、スリルと配合されているのは諧謔に限らないことは触れておかねばならないようです。
先ほど挙げたジョン・コリアー、ウィリアム・アイリッシュ、ベン・ヘクト、フレドリック・ブラウンの該当作品にはどれもサスペンスの要素が多く含まれています。ただ、そのサスペンスのありようが違うのです。
この先はどうしても内容に言及せずにはいられないので、ここで注意喚起の一文を挟みます。
!!!注意!!!
この先、ジョン・コリアー“Back for Christmas”、ウィリアム・アイリッシュは“The Fingernail”、ベン・ヘクト“Miracle of the Fifteen Murders”、フレドリック・ブラウン“Dangerous People”の内容に言及します。未読のかたはご注意ください。
!!!!!!!ここから、ネタばらし!!!!!!!
“Back for Christmas”は平和な光景が一転してサスペンスになります。The Fingernail”は刑事の体験談からサスペンスへ。“Miracle of the Fifteen Murders”はサスペンスがいい話に変化します。フレドリック・ブラウン“Dangerous People”はサスペンスがおかしな話に転じます。
“Back for Christmas”と“Dangerous People”二つでは緊張と弛緩が反対に入れ替わっています。
間を繋ぐThe Fingernail”は入り口こそレストランで刑事に奇妙な体験談をせがむという、どちらかといえば緩い雰囲気で始まりますが、体験談そのものは未解決の犯罪、それもほとんど犯人と確信した人物が最終的には証拠不充分で罪を逃れるというサスペンスです。しかも、ラストで再びレストランに場面が戻ると弛緩するのではなく、体験談のなかに謎として残されたものが解決され、最大級の緊張が訪れたところで幕となるのです。
“Miracle of the Fifteen Murders”は表に出ることのない医者の(結果としての)罪の告白の会という緊張が、一人の命を救うというラストで弛緩とまではいかなくても「よかったよかった」あたりには変化するでしょう。ベン・ヘクトの嫌らしいところというかぬかりないところは、ミステリ的にオチをつけた後で、さらに先に一人の命を救った医者たちが戦争に巻き込まれていくということに触れるというところなのですが。
サスペンスがユーモアへとシフトしていく。そんな流れが見て取れなくもないですが、これは危険です。
あまりにもサンプルが少ないし、作家性というものもある。
ミステリの変遷としてとらえるには、あまりにも無理がある。
!!!!!!!ネタばらし、ここまで!!!!!!!
サスペンスとしての姿の違い。
一応の結論は出ました。しかし、です。
推理する人間が陥る罠に筆者も落ちてはいないでしょうか。
乱歩の問いかけ、いわば謎を解くために無理やり、それっぽい答えを見つけてしまうのは、ベルフォンテーン氏と同じくらい危険なことではないでしょうか。
あまりにもサンプルが少ない。
この問いかけに対する回答をどこかに乱歩は書いていないでしょうか。それはこれからの私の課題の一つになりそうです。
もし、乱歩自身の答えが見つかったとき、私がやることは乱歩の解を疑うことです。乱歩もまた推理する人が陥る罠にはまっていないかどうかを検証することです。
乱歩もベルフォンテーン氏も筆者も「危険な連中」の一員になっていないかを確かめる必要がありそうです。
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