死体はあるが

 犯罪の発生そのものを防ぐといっても、これは容易ではありません。

 ミステリで主に取り扱われる事件は暴力による人の死なので、死体がつきもの。犯罪の根本的事実、犯罪が行われた物体、罪体(corpus delicti)というやつですね。ビル・S・バリンジャーの『歯と爪』をご存じのかたは「あぁ」となるかもしれません。

 どうやったら死体を発見させないで済むか、遺体の処理もミステリの一つのテーマになります。さまざまな作家がさまざまな形で面白い答えをひねり出していますが、それはまた別の機会に。

 犯罪の発生を防ぐアプローチとしては“死体はあるが事件性はない”という状況に持っていくというものがあります。事故や病死、あるいは自死に見せかけるという方法です。余談ですが、この手法は倒述ミステリでよく用いられます。犯人が事故死を偽装するも、些細なミスを探偵役が見抜き、事故死ではなく犯人がいるとする流れは倒叙ものでは頻繁にみられます。

 本作は少しひねっています。捜査機関の最終的な見解は、語り手の「わたし」の友人マーティンの父オリン卿の自死ということに落ち着くのですが、真犯人が思い描いた展開はまた別にあるのです。

 この物語は犯罪の成功を描いていると同時に、計画犯罪の失敗も描いているのです。この点を三巻収録のベン・レイ・レドマン「完全犯罪」と比較するのも面白いです。

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