みなさん、見取り図お好きですよね
アリンガムの“The Border-Line Case”はこの更新分でラストにします。「ボーダーライン事件」に現場の見取り図がついていることは前々回の最後に少し触れました。ミステリ好きのみなさんはお好きですよね、見取り図。
過不足ということについても書きましたが、見取り図に関してはちょっと書きすぎというか、要らない情報があるくらいが好きです。想像力を膨らませることができるほうが好みです。
館の部屋割り、どの人がどの部屋なのか、というデータだけが提示できればいいだけでも、館の外にある門の位置とか、庭にある一本の大きな木みたいなものもほしい。記号的で雑なタッチの木であればなおいい。記号では嫌だけれども、リアルに書く必要はない。
じゃあ屋敷にトイレがないことに怒るかといえば、そこはそことスルーできる適当さ。
なぜこんな話をアリンガムの最後の回に書いているかというと、小説と視覚情報とのバランスに興味を抱いたからです。もう少し踏み込むと、カクヨムさんのユーザーさんたちの多くが読んでいるであろうライトノベルというものはなんなのか、そういった層に海外古典ミステリを届けるにはどうしたらよいのか、という疑問がこの企画をやっているうちに生じてきたからです。
ライトノベルというものはよくわからず、その特徴を「密度の薄い紙面」と「表紙に登場人物のイラストがデカデカとあること」だとざっくり認識しています。
読者に委ねる部分が大きいのか小さいのかよくわからず、このジャンルとどう接すればいいか、遠巻きに見ているといった感じです。
書き込まれた描写から想像力を用いて読者が描き出したキャラクターの外見というのは、大枠(体のサイズ、髪型など)こそあれど、一律ではないはずです。読者の数だけあるといってもいいほど。ところが表紙や挿絵が「正解」ならば、読者による差異が生まれる余地が大幅に少なくなるはずです。
ミステリの世界から一人、ご登場いただくと、ジェイベズ・ウィルソンというキャラクターがいます。「赤毛連盟」という短編に出てくる「赤毛」の人物。一口に赤毛といっても、さまざま。ウィルソン氏はすばらしい赤毛の持ち主なので栄えある連盟のメンバーになるわけですが……
作品について語ることが目的ではないので、視覚情報と活字媒体という話に戻ります。この「赤毛」の色を明確に決めることができてしまうのが、ライトノベルの表紙でしょう。
それも現実世界でのリアリティとは異なるレベルの「赤」にすることも可能です。というか、おそらく、かなり多くのライトノベルの表紙やアニメにおいて、現実にはいない(であろう)髪の色が用いられているはず。少なくとも、そういう印象が筆者にはあります。この「髪に鮮やかな色をつける」手法は複数の人物を識別したり、差別化したり、キャラクターを立てるうえで実に有効です。挿絵・イラストのない小説の場合、こういう視覚情報の使い方はできない。
ちょっと誤解を生みそうなので、補足します。小説とは「(本来)挿絵・イラストのない」ものなのだ、それこそが小説なのだ、小説に挿絵やイラストはいらないものなのだ、と言いたいのではなにのです。
まず本を手に取る段階で表紙は大事でしょうし、そこに登場人物(らしき)姿が描かれていてもいいです。挿絵も物語の盛り上げに効果的です。
古い考えだな、と思いながら書きますが、表紙イラストや挿絵はあくまで想像力の「補助」的要素だったはずです。いや、今でもそうなのでしょうが。
昨今、どうも補助が手厚くなりすぎて、文字による描写の部分が薄く、活字からイメージを立ち上げる筋力が弱くなっていやしないだろうか、とそんなおせっかいなことも考えてしまうのです。
ところがミステリ好きはなぜ見取り図が好きなのか、ということを考えているうちに気付きがありました。ミステリファンは、いや、私は見取り図をオモチャに遊ぶのが好きなのではないのか、と。
もちろん、作者の狙い、作品を味わうための補助としても用いますが、本筋とは関係のないところでいろいろと想像しながら、見取り図を見るということもやっています。
もしかしたら、ライトノベルの表紙というものも、こういう「本筋とは関係のないところでいろいろと想像」するためにも役立っているのではないだろうか。そんなふうにも感じてきたのです。
最後、まとまらなくなりましたが、これで「ボーダーライン事件」は終わりにします。
次回から“The Sweet Shot”を取り上げます。
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