ぬけぬけと書く
ミステリ好きのかたにオススメしたい読みかたがございますので、今回はそれを紹介することから入りたいと思います。たくさん読んでいるとお気に入りがあると思いますが、その作品の冒頭を読み直すことです。自分でも書くかたは、書き出しの勉強になりますが、たまに「おぉ、のっけからぬけぬけと伏線張っていやがった」とのけぞることがあります。
私の経験での瞬間最大風速は……作品名を挙げるのはやめましょう。なぜならば、「冒頭から伏線ですよ」というデータがあれば、それだけで驚愕の真相が見抜けてしまうほど、ぬけぬけと書いているから。もはや伏線というレベルではなく、ダブルミーニングで誤読させることを前提として真相を書いているというほど。
伏線、布石はデリケートな問題で、書き手としては「ばれると嫌だな」とついついブレーキがかかりがちですが、「わかる人にはわからせておけばいい」ぐらいに開き直るくらいでよいのかもしれません。
今回の「ボーダーライン事件」の冒頭は、単独で抜き出すぶんには問題がないと判断しました。ご紹介してもいいでしょう。引用します。
その夜のロンドンはひどくむし暑かったので、わたしたち夫婦は市内のアトリエの大きな天窓を開け放ったまま寝床についた。たとえ真っ黒な
(『世界推理短編傑作集5』 江戸川乱歩編/創元推理文庫)P.11より)
乱歩も評価していますが、この作品、とても短いです。旧版(『世界短編傑作選』)ではなく、新版(『世界推理短編傑作集』)の五巻は短い作品が多く、非常にテンポよく進みます。
これはきっと新版を編集したスタッフ(おそらく戸川安宣さん)の狙いのような気がします。巻末の「短編推理小説の流れ5」の最初に乱歩についての言及が加わるぶん、五巻では「短編推理小説の流れ」のボリュームが増えるため、そのぶんのスペースを確保したかった、あるいは年代順に並べ替えることで結果として、スペースが空いて、そこを埋めるピースとして乱歩への言及が出てきたのかもしれませんが。
書き手のかたは「わかる」かと思いますが、短い作品をつくるのは労力が少ないということではないのです。短編と長編は同じ小説でも、競技が違うといいますか、ルールが違うといいますか。これは私のオリジナルの表現ではないのですが、「サッカーとフットサルくらい違う」のです。ショートショートと短編も違う。
長編=45分ハーフのサッカー、短編=フットサル、ショートショート=PK、みたいな感じでしょうか。
今年の初めに短編に集中して取り組む際に学習したのですが、よい短編はやりたいことがハッキリしていて、その狙いを効果的にするために計算され尽くされている。
もちろん、長編でも企みの効果を効果的にするための工夫は施すのですが、長いとそれだけではもたない。読者を導いていくうねりのようなものが必要になってきます。
「ボーダーライン事件」はコンセプトに基づいた本格ミステリを成立させるために作者が計算し尽くしたという印象こそないものの、結果として狙いのはっきりとした短編の格好のサンプルになっていると感じます。
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