じゃあ、乱歩は誉めていないのか、いいえ

 前回は中島河太郎さんのアリンガム評をお伝えしました。うむ、お世辞にも本格としての評価は高いとは言えないようでした。

 じゃあ、乱歩は褒めていないのか。

 扉裏の作品紹介を読むと、どうもそうではなさそうなのです。引用します。


 最少の長さで最大の効果をあげた本格作品。


(『世界推理短編傑作集5』 江戸川乱歩編/創元推理文庫)P.10より


 これ、褒めてますよね。ベタボメデスヨ。字面とはいえ、なぜ片言になった?  とにかく、これはプラス評価の発言ですよね。

 ポイントは【本格】と明確に出ていること。そうなのです、これ、本格なのです。

 本格の定義は難しいのですが、乱歩にとって本格だったということが重要。どうも中島さんは作者の教養がにじみ出た文学としてはよしとしても、本格としていまいちという評価だったようです。想像するにこれは乱歩と中島さんの間で、本格に対する考え方が異なっていたということが大きいのだと思います。

 イネスの『野獣死すべし』はゴリッゴリの本格であり、それも独創的な本格であるとするのが筆者の立場です。

 大御所にいちゃもんをつけるようでアレですが、中島先生はイネスの『野獣死すべし』を本格としては評価していないような印象を受けました。誤解ならば、謝罪します。

 とにかく、乱歩は「ボーダーライン事件」が過不足ない本格として成立している点を評価しています。

 過不足がない、というのは、とても重要なことです。なぜならば、過不足がないというのは、とても難しいからです。

 この作品には現場の見取り図(ミステリ好きは大好きだと信じる)がついています。それも含めて、過不足がない感じが私はとても好ましく感じます。ワンアイデアでズバーン、それもミステリ的な企みをあまり隠そうともしてない点がいいのです。

 ごちゃごちゃ書けば、びっくりさせることはできる。でも、そうしない。あぁ、こういうことかなぁ、と読み手に思わせて、「あぁ、やっぱりそういうことなんだ」ともてなす感じが実にいい。謎と解決の距離がこれ以上、近くても遠くてもこうはいかないという絶妙な距離感をおさえている。ここが好きなのです。

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