幻影城を探していたら
乱歩のアリンガム評を引用しようと、どこかにあるはずの『幻影城』を探したのですが見つかりません。『幻影城』は第五回探偵作家クラブ賞受賞作なので、双葉文庫から出ている日本推理作家協会賞受賞作全集(探偵作家クラブ賞は日本推理作家協会賞の前身の賞)のバージョンで持っているはずなのですが、整理が行き届いていないせいか見当たりません。
見つかったのは『日本推理作家協会賞受賞作全集20 推理小説展望』(中島河太郎著/双葉社)。
そうだ、これがあるじゃないか、と。この作品は【推理小説講座】と【海外推理作家事典】の二部構成になっています。
まずは海外推理作家事典でアリンガムの項を探します。ありました。ちなみに【アームストロング(シャーロット) Charlotte Armstrong】と【アルレー(カトリーヌ) Catherine Arley】の間。
生年や略歴などの基本情報に加え、数作品、名前を挙げて簡単に評価を書いているのですが、これを読む限り、中島さん(乱歩なら乱歩と呼び捨てできるのに中島さんとサン付けになるのは不思議)のアリンガムに対する評価は低いようです。ミステリ作品としての評価はよくはない。
一応、書いておくと中島河太郎という人は日本における推理小説研究の第一人者で、乱歩と並び立つほどのビッグネームです。「いや、乱歩は知っているけれど中島某が書いたミステリを読んだことはないぞ」というかたがいらっしゃるのは当然で、実作者として有名作品を後世に残した乱歩とは違い、研究分野での「鬼」なのです。
具体的にどんな評価なのか、興をそがないために作品名を伏せて、中島さんのコメントを引用します。
まず作品Aについては、こんな感じです。
キャムピオンは物語の半ばで犯人を指摘するが、犯行方法も動機もつかめないし、ましてなに一つ証拠はないという直感力によるものである。
『日本推理作家協会賞受賞作全集20 推理小説展望』(中島河太郎著/双葉社)P.147より
至って地味で、探偵はじっと食いさがっているばかり、機智縦横という趣きはまったくない。
『日本推理作家協会賞受賞作全集20 推理小説展望』(中島河太郎著/双葉社)P.147より
作品Bについては、こうです。
謎も他愛がなく、事件の構成にとりたてていうほどの趣向はない。イギリスの社会生活の一斑はうかがえるし、作者独自の風格は漂っているが、推理小説の妙味を把握しそこなったものである。
『日本推理作家協会賞受賞作全集20 推理小説展望』(中島河太郎著/双葉社)P.148より
うーん、抜き出してみると、より強烈です。
続いて第一部の推理小説講座を調べてみることにします。ちょっとはいいこと書いてあってほしいと願いながら探します。【第五章 推理小説の歴史】の【七 一九二九年以降(欧米)】の最後にアリンガムの名前がありました。
アリンガムというよりはイギリスの推理作家全般に対する言及といったほうがよいでしょうか。戦前から戦後にかけてサスペンススリラーとハードボイルドが栄えて、アメリカでの本格派は少なくなったとしたうえで、このように書いています。
それにくらべてイギリスは、あい変らず本格の線を守っていたが、さすがに謎の独創性の点では弱く、その代り作者の教養の滲み出た文学性にまさっている。
『日本推理作家協会賞受賞作全集20 推理小説展望』(中島河太郎著/双葉社)P.74
このように述べた後で、具体的な作者と作品名をいくつか挙げています。マイクル・イネス『ハムレット、復讐せよ』、ニコラス・ブレイク『野獣死すべし』、レイモンド・ポストゲート『十二人の評決』とともにアリンガムの『判事への花束』といった作品が出ています。ナイオ・マーシュの名前もありますね。
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