袋小路の襲撃

 乱歩はあんまりアリンガムを評価していなかったのではなかろうか。そんなことを前々回、書きました。アリンガムの翻訳が少ないなんてことを書いて、不勉強と恥をさらしたばかりで、またアレなのですが、『葬儀屋の次の仕事 論創海外ミステリ206』(マージェリー・アリンガム著/井伊順彦 赤星美樹訳/論創社)巻末の横井司さんの解説「アリンガム戦後の傑作、待望の翻訳」を読んで、また不勉強を思い知らされることになります。この解説で乱歩がアリンガムをどう評価していたか、という点が紹介されています。乱歩といえばこれというほど有名な評論集『幻影城』からの引用もあり、乱歩について書くならば、もう一度、『幻影城』を読み直さねば、と今なっております。

 まだ「ボーダーライン事件」の内容紹介もしていなかったので、簡単にあらすじを。

 夜道で男が倒れるのを警官が目撃します。警官は暑さのせいだろうと救急車を呼びますが、男は銃で撃たれていたことがわかります。男が倒れたのは二つの地域の境界線付近、管轄こそ違えど問題の道の両端にはそれぞれ警官がいました。被害者は撃たれてから三歩と進めなかったはずですが、二人の警官は犯人を目撃していないのです。

 通りからわかれる袋小路の行き止まりのカフェには最有力容疑者がいたのですが、どうすれば容疑者のギャングは二人の警官に見られずに男を撃つことができるのか……

 読み直して気づきましたが、これ、密室ものなんですね。視線の密室というか、オープンエアの密室というか。密室状況はなにも鍵のかけられた扉だけで成立するものではありません。

 さきのわずか三つの文章のなかだけに四つも「密室」と書いてしまうほど密室に目がない筆者がなぜこの作品を密室ものとして認識していなかったか。それは密室以外の趣向が気に入ったからでしょう。

 ちょっと冒険して、内容に踏み込みます。勘のいいかたでなくても「ボーダーライン事件」の真相に気づいてしまうかもしれませんので、その点を踏まえた上で、この先を読むか読まないかを選択してください。なお、ネタばらしまでいかなくともデリケートな部分は、ひとまず、今回の更新分のみで完結しますので、次回更新分は安心してお楽しみください。




!!!!!!ここから、デリケートな言及があります!!!!!!!






 密室と密室トリックは厳密には違います。

 ある状況を描きたかった結果として、すぐれた密室ができてしまうということが時折、ミステリでは起きます。

 このシリーズの収録作でいえば、「密室の行者」なんかはそうだろうと筆者は思っているのです。「ボーダーライン事件」にも、似たようなものを感じるのです。








!!!!!!デリケートな言及はここまで!!!!!!!




 少なくとも「ボーダーライン事件」は「はっはっは、どうだこの凝りに凝った密室トリックは! すごいだろう! えっへん!」みたいな感じではない。

 どうやったら密室ができるのかな。どんなトリックを使えば密室ができるのかな。そんなアプローチをアリンガムはしていないように感じるのです。

 密室ミステリの袋小路で密室トリックを考え出せずにいるカーみたいな密室マニアが「あぁ、これも密室にできるじゃないか、しめしめ」みたいな場合はともかく、このアイデアを大真面目に密室にしようとする人は少ないのではないでしょうか。

 カーはやる。だから、「あんなの」や「こんなの」ができる。「馬鹿だねー、カーは」とニヤニヤできる。

 お気づきのかたもいるとは思いながらも、ネタばらしはしないので奥歯にものの挟まったような物言いになりますが、「ボーダーライン事件」の根幹をなすアイデアは密室とは違う次元でミステリの輝きを放っています。「ハッとさせられかた」が違うというか、時に複雑になりがちな密室トリックとは別の、シンプルで人を食ったような驚きに支えられています。

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