乱歩の呪縛

 作者、マージェリー・アリンガムについての情報もいれておきましょう。欧米ではクリスティー、セイヤーズに並ぶ存在。

 日本での知名度が前述の二人に比べるといまひとつなのは、簡単に手にできる作品が少ないからでしょう。「ボーダーライン事件」でも活躍するアリンガムのお抱え名探偵、キャンピオンの短編集が文庫で出ていますし、『幽霊の死』や『判事への花束』といった作品も読んでみたいものです。

 いくつかの長編の簡単な作品紹介を読んだ程度の印象と、いくつかの短編を読んだ印象で語るのもアレですが、ガッチガチの本格ミステリというよりは、文学に寄った作風のようです。そのあたりがイギリスで愛され、日本ではなかなかうまくいっていない理由のような気がします。

 あとは……これは書いていいものやらどうやら迷うのですが……書いてしまいますと、乱歩が絶賛しなかったということもあるような、ないような……

もし乱歩が「万華鏡のごとき」みたいな文言を残していたら、もっと読まれているような気がして、少し残念です。

 この先、乱歩研究が進んで、もしアリンガムを褒め称える資料が出てきたら、アリンガムの評価も変わるのでしょうか。

 いや、アリンガムに限らず、これまで乱歩がとりたてて評価しなかった作品・作家に関して、なにかしら評価する文献や証言が出てきたとき、該当する作品・作家の評価が変わるということはありうるのでしょうか。

 ちょっとないんじゃないんだろうか、というのが筆者の答えです。なんとかして売らんとする出版サイドが乱歩の名前を使うことはあっても、現代では江戸川乱歩という葵の御門で「この紋所が目に入らぬか」とやったところで、「ははぁー」とはならないように思うのです。

 ひれ伏してしまうのは、筆者のような古いミステリファンぐらいなものじゃないかと感じるのです。

 これはいいことだと思うのです。よくも悪くも江戸川乱歩という名前は大きすぎます。肩肘はらず、カジュアルに乱歩という名前と付き合える新しい読者や出版人が増えることはいいことではないでしょうか。

 乱歩という名前は、日本のミステリ界において、ある種の呪縛でもあったと思うのです。

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