ホームズのリズム
まだ「黄色いなめくじ」のあらすじを紹介していませんでした。簡単に導入だけを。
フォーチュン医師(作者H・C・ベイリーのお抱え探偵)は病院を訪れます。そこで少女と少年の患者に出会います。目撃証言によると、少年は妹を池に投げ込み、自分も入水して死のうとしたらしいのです。意識を回復した少年は妹を死なせようとしたことも、自分が死のうとしたことも認めます。窃盗の前科のある少年は言います、「妹と一緒に地獄に堕ちなければならない」と。
この辺にしておきましょう。まだなめくじは出てきませんが。
フォーチュン医師ものの作品数は84。これはホームズの56、ブラウン神父の53を上回ります。フォーマットにのっとったシリーズものの名探偵、ホームズのライバルの一人なのですが、あまり名探偵っぽくはありません。それは言動がいたって常識人だからでしょう。
このエキセントリックさのない探偵役というのも、「黄色いなめくじ」という作品を評価する難しさに繋がってくるのかもしれません。割り切って「謎解きミステリ」にするか、(あまり好きな言葉でもないのですが)人間を描くためにパズルの要素を排するか。「奇妙な味」というジャンルはけっして謎解きを拒否するものではないのです。これは「二壜のソース」を読めばわかります。あれは謎が解けたときのグロテスクさが味付けの決め手になっているからです。一方、「銀の仮面」のように謎解きとの関係性が薄い作品もあります。
一般的に「奇妙な味」と呼ばれるミステリは「本格謎解き」の要素を含まないものという前提というか、「それ以外のもの」として認識されているところがあるように思います。確かに「それ以外」ではあるのですが「それ」、つまり、「本格謎解き」の要素があっても構わないのです。「それだけじゃない」ミステリであるとしたほうが正確なのかもしれません。
この「黄色いなめくじ」の場合、導入に「奇妙な味」の風味があるため、このあたりの判断が難しい。「これはホームズの流れをくんだフォーチュン医師のシリーズの一つ」という知識が頭にインプットされている読者ほど、序盤の「奇妙な味」風味に戸惑う部分があるのかもしれません。
筆者がそうで、初読時の印象が薄いのは、ホームズみたいな物語を期待していたら気持ち悪い子どもが出てきて、ちょっと違う方向性のミステリなのかなと落ち着かない気分で最後まで読んでしまったからなのでしょう。
中編というボリュームも一因で、この長さはホームズ譚にはないものです。ホームズならば終わるところ、ホームズのリズムで読んでいくと、短編のそろそろというところでは終わらないし、長編のまだこれからというところで終わってしまうところが体になじまなかったのかもしれません。
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