別題ありますので、ご注意
前回はずいぶんともったいをつけたというか、慎重な書き方になりました。今回はネタばらしをして「いかれたお茶会の冒険」について書いていきます。この作品“The Adventure of The Mad Tea-Party”の翻訳はいくつかバージョンがあり、邦題も複数存在します。その点もご注意ください。わりとよく知られた翻訳の邦題が現代からすれば不適切、古典文学の巻末によく用いられる言葉を借りれば「表現に穏当を欠く」ものであるため、ここでは明記しません。その点もご了承ください。
!!!!!!!注意!!!!!!!
この先、エラリー・クイーン「いかれたお茶会の冒険」(別題あり)の真相・犯人など内容について言及します。未読のかたはご注意ください。
(ここからネタばらし)
犯人は被害者の遺体を秘密の部屋に隠します。隠し部屋の扉は鏡になっており、ドアが開いている状態のときは鏡が消えるというわけです。
探偵クイーンは「鏡にうつっているはずの夜光塗料つきの時計の針が見えなかった」ことから「一時的に時計が消えていた」と推理し、「なぜ一時的に時計は消えたのか」という方向に読者をミスリードします。
しかし、真相は「時計は動かされていないが(隠し部屋のドアである)鏡のほうが時計をうつしだす位置になかったために時計が消えているように見えた」というものでした。
論理的な推理で鏡が動かされていたことを導き出し、隠し部屋の存在までたどりつきます。これは国名シリーズのある作品に登場したロジックとよく似ています。隠し部屋の存在という解に行くには、論理の鎖というよりは、ちょっとしたジャンプがあるように感じます。国名シリーズの某作では、このジャンプはなく、きわめて緊密に論理と論理が結びついています。
これは国名シリーズの某作において「いかれたお茶会の冒険」の鏡の推理の筋道を整理し、ブラッシュアップしたというよりは、「いかれたお茶会の冒険」でやりたかった趣向のために緻密な論理に重きをおかなかったのだろう、と筆者は考えております。もっとも、クイーンだからやや甘さを感じるという程度のもので、充分に論理的です。
ある趣向だけでも充分、面白いのに論理的な推理をきちんと絡めてくるのがクイーンの恐ろしいところです。
いよいよ《趣向》について書いていきます。
オゥエン失踪(実際は死んでいる)の後、謎の贈り物が館に届けられます。順に「リチャードの運動靴の靴紐」「ジョナサンのオモチャの船」「封蝋で封をされた空の封筒」「二つのキャベツ」「チェスのキングの駒二つ」。これをグループAとします。
この五つは正確には「靴(シューズ)」「船(シップス)」「封蝋(シーリングワックス)」「キャベツ(キャべジズ)」「キング(キングズ)」を意味します。これをグループBとしましょう。
五つの贈り物はアリスの物語に登場する「セイウチと大工」の詩、「靴だの、船だの、封蠟だの、それからキャベツだの、王様だの(オブ・シューズ・アンド・シップス・アンド・シーリングワックス・オブ・キャべジズ・アンド・キングズ)」(※訳文は『世界推理短編傑作集4』P302より)を示していたのです。「セイウチと大工」があるのは『鏡の国のアリス』。原題は『スルー・ザ・ロッキンググラス』、「鏡を通り抜けて」です。
つまり、贈り物と送り主は「鏡を通り抜けて」みろと告げていたわけです。鏡の隠し扉の仕掛けを操作し、鏡を通り抜けた先にいたのはオウェンの幽霊……に見せかけた役者。幽霊を見せることで真犯人の自白を誘おうという探偵クイーンの目論見だったのです。ということは奇妙な五つの贈り物の送り主もクイーンだったのです。
クイーン、とんでもないことをしています。作中の探偵クイーンも、作者としてのクイーンも。倒叙ミステリの傑作シリーズ「刑事コロンボ」などでしばしば用いられる「逆トリック」をクイーンは「いかれたお茶会の冒険」でやっています。ただの逆トリックなのではなく、謎の犯人の仕業にしか見えない行為である点がポイント。
これを成立させるのは案外、難しく、特筆しておきたいのはクリスティー的な叙述の配慮が必要な点です。
もう少し、ネタばらしを続けます。
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