乱歩の●●な影響力

 日本のミステリ界において江戸川乱歩という人物は影響力のある存在です。今しがた「影響力」の前に「非常に」と打ったのを消しました。他になにかいい形容詞なりなんなりがあろうとしばらく悩んだのですが、ちょっと適切な言葉が出てこないほど。

 故人を悪く言うのはアレですが、この影響力というのはなかなか厄介なものです。乱歩のおかげで有名になった古典、残っている古典は多いです。このアンソロジーの編者は乱歩ですから、収録作品は乱歩のおかげで今も日本のミステリ愛好家の目に触れているという見方もできるでしょう。

 厄介な部分というのは、乱歩先生は探偵小説に対する愛が深すぎるがゆえに褒めすぎるきらいがあります。つまり、ハードルが上がる。プラス、大御所だけになかなか「それはちょいと褒めすぎじゃあござんせんか」という声がなかなか出てきにくい。

 なにが問題かと言えば「江戸川乱歩が激賞していたから期待したけど、思ったほどでもなかったなぁ」現象が起きること。

 今これから、この『世界推理短編傑作集』シリーズ(新版)や『世界短編傑作選』シリーズ(旧版)を読むというかたは「おや、これってあの作品のトリックじゃないの」とか「おや、そんなに驚けないぞ」となる場合もあるかもしれません。それは時代が進んだということが大きい要因だと思います。裏を返せば、ミステリは時代にアジャストして、きちんと前進しているということでもあるのでしょう。ミステリの本質とか、現代のミステリからはこぼれがちなものを見つけながら楽しんでいただきたいと思います。

 まだ全五巻のうちの四巻まで取り上げていないのに、最終回みたいなまとめっぽくなったのは、乱歩を悪く書いたうしろめたさからです。もう悪口を言ってしまったので、もう一言、二言いきましょう。

 前回、アリスを知っているかどうかで作品の評価が変わる。アリスの物語を知らないと「いかれたお茶会の冒険」という作品は政党に評価できないのではないか。そう書きました。

 じゃあ、乱歩はどの程度、アリスに通じていたのか。

 もしかしたら、それほど詳しくはなかったんじゃなかろうか、少なくとも偏愛というレベルではなかろうというのが現時点での筆者の印象です。というのも「いかれたお茶会の冒険」の紹介文がこんな感じだからです。


 作者自身が自選短編集の中に選んでいるほどの自信作であり、とくに愛着をもっているようである。英米国民が子どもの頃から親しんでいるルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』をふまえ、趣向をこらした力作である。


『世界推理短編傑作集4』 P.250より


 文字数制限があるとはいえ、ちょっと淡白な印象を受けます。エッセイなどでアリスについての記述を見た記憶もないです。もちろん、全著作をきちんと確認したわけではないのですが。大好きならば、あの乱歩のことです、語らずにはいられないのではないでしょうか。トリック分類やミステリの研究・紹介がメインの『幻影城』や『探偵小説の「謎」』でも、どこかで語っていそうな気がするのです。

 このあたりは『江戸川乱歩コレクション・Ⅰ 乱歩打ち明け話』(江戸川乱歩著/新保博久 山前譲編/河出文庫)を読み直し、確認してみたいと思います。

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