新人賞応募者への助言としてたまにみる文言
セイヤーズの回なのにクリスティーのことばかり書いています。今回もセイヤーズではなく、別の大御所に登場してもらうことにしました。遠回りしますが、セイヤーズに戻ってきますのでファンのかたはしばし我慢してお付き合いください。
今、企画とか執筆のためではなく趣味として読んでいるのがカーの『盲目の理髪師』。この作品の冒頭がちょっとノリにくかったのです。主人公たちが船長をぶん殴ったあたりから一気に読みやすく面白くなってきたのです。
スタート時点での没頭できない感じはなんだろうと考えた結果、登場人物(たち)への感情移入ができていなかったからだと結論付けました。
私は新人賞への投稿もしているのですが、よく応募者へのメッセージとして「複数の視点人物による物語はさけるべし」というものがあります。この理由を分析してみましょう。まず難易度が高いという点が挙げられます。うまく手綱を操らないとゴチャゴチャとした感じになりがちです。
そして、最近ぼんやり感じ始めたのは視点人物が多いと感情移入しにくいということです。「そんなことないよなぁ」と思ってもいるのは、プロの作品、編集者のチェックが入って出版社が商品として流通させているレベルのものしか基本的には目にしていないからなのでしょう。
カーの『盲目の理髪師』は構成に凝った複数視点ものではないのですが、ファルス(笑劇)のために意図的にドタバタした感じを出している節があります。登場人物一人にフォーカスするのではなく、一つのグループが読者と寄り添う対象です。詳しくは書きませんが、そのグループが共通の利害・目的に対応するなかで、ある一人が最善と判断した手がグループ内の他の人物と食い違ったり、期待通りの行動をしなかったりすることで物語を盛り上げます。
ようやく、ここでセイヤーズにご登場いただきましょう。短編「疑惑」で読者が寄り添うのはママリイ氏。最近、雇った出来のいい家政婦が実は砒素を盛って財産を手にして逃亡中の女ではないのか、と疑うのもママリイ氏(と読者)。確かに家政婦に怪しい点はあるが本当に推理は正しいのかと戸惑うのもママリイ氏(と読者)。妻を守らなければと焦るのもママリイ氏(と読者)。
噂話の好きな同僚、話の長いご近所さん。事件とは直接、関係のないところでもセイヤーズは丁寧にママリイ氏の心の動きを描いていきます。だから、読者はママリイ氏に感情移入しやすい。
そして、感情移入の度合いが強ければ強い分だけ、ママリイ氏の受けた衝撃は打ち消されることなく読者に伝わります。謎と恐怖の物語で読み手をもてなすうえで、小説として完成度が高いことは大変、重要なのです。ミステリとはただの謎解きパズルではなく、推理「小説」なのだと思わせてくれます。
もう少し、このあたりの話を続けます。
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