仮面に目はあるか

 長くなりました「銀の仮面」ですが、ウォルポールについて書いてばかりで、短編「銀の仮面」そのものについてあまり語っておりませんでした。今回はラストなのでネタばらしをして、存分に書くことにします。



!!!!!!!注意!!!!!!!


 この先、ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」の展開・結末など内容に触れます。未読のかたはご注意ください。



(ここからネタばらし)


 まずはダイジェストにして、お話を振り返ります。

 結婚歴のない中年女性ソニヤ・ヘルズ。晩餐会の帰り道、ソニヤは飢えと寒さに震えている青年に出会います。ソニヤは青年を彼女の屋敷に入れて食事をふるまいます。

 青年は屋敷にある美術品に対して確かな審美眼を披露します。特に銀の道化役者の仮面に関心を示します。お金を与えて青年が去った後、ソニヤはシガレットケースが盗まれたことに気づきます。

 後日、青年はシガレットケースを返しに来て、自分が売れない画家であると伝え、ソニヤに絵を買ってほしいと頼みます。ソニヤは絵を買うことに。

 再び、青年がソニヤの屋敷を訪れた際、青年は妻と幼い子どもを連れて来ます。物乞いに来たのではなく、妻に絵を見せたいから来たのだと青年は言います。青年は無償でソニヤの秘書として手紙を書くと申し出ますが、ソニヤははねつけます。

 数日後、青年は屋敷を訪れ、ソニヤの秘書として手紙を書きにきたと言います。ソニヤは仕事を与え、以来、青年は妻子と共に屋敷に出入りし、食事をしたりするようになります。

 ある日、ついにソニヤは青年たちにもう家に来るな、と申し渡すのですが、直後、青年の妻が倒れます。仕方なく、ソニヤは男の妻が回復するまでは来客用のベッドに寝かせることにします。

 なかなか妻は回復せず、お見舞いに親戚や友人がソニヤの屋敷を訪れます。

 ソニヤは友人のウェストン夫人から「あの青年たちを追い出さないと友人が一人もいなくなる」と忠告を受けますが、なかなかたたき出すことができません。

 いよいよ決別を宣言しようとすると、興奮と疲労でソニヤは倒れます。ソニヤの友人たちは見舞いに屋敷を訪れますが、青年の妻が「よくなったら連絡します」と追い返してしまいます。そのうち、友人たちはソニヤのことを気にかけなくなります。

 ソニヤは鍵をかけられた屋根裏部屋のベッドに寝かされ、屋敷はすっかり青年や青年の友人たちのものになってしまいます。

 ある日、青年は屋根裏部屋に来て「病気が悪くて二度とここから出られないだろうから、なにかながめるものが必要でしょう」と銀の仮面を壁にかけて立ち去ります。

 長々、書きましたが、青年に親切にしてやったばかりにじわじわと家に入り込まれ、最後には乗っ取られるということだけおさえていただければよいかと。

 巻末の「短編推理小説の流れ 4」で戸川さんは「知らず知らずのうちに見知らぬ他人に日常が侵蝕されていく」(p.404)話を「銀仮面テーマ」と呼んでいると明かしています。

 ちょっと違うかもしれないですが、この系譜にある作品として、ある映画作品が浮かびました。この先、その作品名の名前を出しますので、ここでもう一度、注意喚起の文言を置いておきたいと思います。



!!!!!!!注意!!!!!!!



 この先、銀仮面テーマに通じるある映画作品のタイトルを出します。もし、先を読む場合はその点、ご了承ください。




(ここからネタばらし)




 その作品は「猿の惑星」でもなく、「シックスセンス」でもなく、「ミスト」でもなく、「シンプル・プラン」でもなく、「羊たちの沈黙」でもなく、「運命じゃない人」でもなく、「鍵泥棒のメソッド」でもなく、「アフタースクール」でもなく……と、これくらい映画作品のタイトルをばらまいておけば、ページをスクロール中にうっかりなにか目に入ってしまっても、目くらましになると期待して、そろそろ書きますと、「パラサイト 半地下の家族」です。

 ここで、今回、三度目の注意喚起をしておきます。




!!!!!!!注意!!!!!!!



 この先、映画「パラサイト 半地下の家族」の序盤の展開について触れます。未見のかたはご注意ください。




(ここからネタばらし)


 貧困層の青年が資産家一家に家庭教師として入り込んだことをきっかけに、青年の家族ごと、あの手この手で資産家の家に入り込んでいくという「パラサイト 半地下の家族」の序盤の展開は「銀の仮面」によく似ています。

映画ではコメディチックに描かれ、取り入る過程には陰惨さや不気味さはありません。資産家一家の奥さんの「陽」というか「世間知らずのお金持ちの天然」のキャラクター設定と、彼女を演じる俳優の巧さもあり、むしろ、ニヤニヤしながら楽しめるほど。

 映画のほうは貧困層の家族の視点から、富裕層を見る部分が多く、刃を社会のほうに、外に向けている印象があります。対して、「銀の仮面」は社会や外はあまり描かれず、ひたすら屋敷の中の描写とソニヤの内面にフォーカスしているように感じます。

 これは映画という表現形式が「みんなで映画館という家の外で楽しむ」ものであるのに対し、小説という表現形式は「一人で家のなかで味わう」ものという違いもあるのかもしれません(もちろん、家で一人でDVDで観る映画もありますし、読書会みたいな本との接点もあるでしょうが)。

 内側と外側ということで言えば、壁にかけられた銀の仮面というのは面白い小道具です。壁にかけられた仮面は、調度品として存在するときは常に壁のほうから家の中(内側)を見ているわけです。壁が家という「私的空間」と社会や公的な空間との境界になっており、仮面はその境界に張り付いているというのが興味深いです。

 また、ある種の仮面は人の顔を模したつくりになっておりながら、目の部分がないというのも深読みしようと思えば、そうできる要素です。

 映画との比較で言えば、「銀の仮面」が屋根裏部屋という上なのに対し、「パラサイト 半地下の家族」では「(半)地下」というのも興味深いです。実際にビジュアルで見せる映画という手法もあるでしょうが、「パラサイト 半地下の家族」では上と下というのは強く意識されていると感じます。坂とか階段の登場するシーンがやけに多いのは、そういうことなのだと推測しております。




(もろもろネタばらし、ここまで)



 次回から「疑惑」を取り上げます。

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