暗い広場の上と下で

 ウォルポールにすっかりはまってしまいました。短編集『銀の仮面』(ヒュー・ウォルポール著/倉坂鬼一郎訳/国書刊行会)には、もう付箋だらけです。せっかくなので、少し引用します。



 不意に憎悪が微妙な喜びに変わる。(p.162)



 だが、英国人のご多分に漏れず、想像がつくものに対しては臆病ではなかった。もっとも、概して想像力には恵まれていなかったから、その及ぶところは実際に思いわずらっていることに限られていた。しかし、再び英国人のご多分に漏れず、潜在意識の地層深くにささやかなイメージの流れも有していた。たゆみなく流れる暗いものに折にふれて気づく。(p.192)



 読書はといえば、道徳心のどこか曖昧な部分が剝がれて自分の正体が現れそうでなんとなく気が進まなかった。(p.193)



 ホーマーの悪夢も頂点に達するかのようだった。カタストロフが訪れると悪夢から目覚めてしまう。そんなわけでホーマーはまだ劇が終わらないうちに席を立って外に出た。(p.199)



 なるほど、そうか。同じウォルポールの『暗い広場の上で』(ヒュー・ウォルポール著/澄木柚訳/早川書房)の気持ち悪い感じを自分なりに説明できた気がします。

 この長編、なんか変なお話だなぁ、とゾワゾワするのです。きっと定型的な謎解きミステリこそミステリファン(実は私もそう)は落ち着かないはず。ポケミスはたまにこういう犯罪小説ともサスペンスともサイコスリラーとも犯罪を扱った文学ともいえない、それこそ宙ぶらりんというか、ジャンル分けして陳列しにくい作品を出してくれるからすごい。KADOKAWAさんのカクヨムさんで他社の話をするのもアレですが。

 話を戻すと、定型的な謎解きミステリにつきものの名探偵の名推理による犯人の特定で犯罪物語が整頓されるというカタストロフが『暗い広場の上で』にはないのです。ゆえにずーっと悪夢につき合わされている感じがするのです。その間、読書している間は道徳心の曖昧な部分が剥がされて、想像力をはたらかせ、暗いイメージが常にあり、そこに生まれる喜びに憎悪のようなネガティブなものに通じる道筋を感じて怖くなる。

 解説が倉坂鬼一郎さんで「あぁ」となりました。「この作家が好きと言ったり、思い入れがあったりするのならば、読んでみようか」という本の選び方、出会い方もあるはず。

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