美しいものをあんなに賛美する人間がまったくのろくでなしだなんてありえない

 今回のタイトルは倉坂訳の「銀の仮面」の一節です。ちなみにこの部分、中村能三訳(世界推理短編傑作集のほう)ではこうです。


 美しいものをあれほど情熱的に愛する人間に、まるでの、ごくつぶしなんてあるはずがない。(P.202)


 訳によって印象が変わります。倉坂訳のほうが今に近いので、言葉が道具でありながら変わっていくという点では生き物同然である以上、今に近いほうがなじみやすいところはあるでしょう。その点を抜きにしても倉坂訳は訳者の思い入れもあるのか、微妙なニュアンスというか、人間の気持ち悪いところを巧みにすくいあげている印象があります。特に幕切れ間際の台詞は、倉坂訳のほうがうまく伝わる気がします。

 倉坂さんは編訳者あとがきで、訳し終えて改めて間口の広さを感じたと語るとともに、ヒュー・ウォルポールを語るキイワードとして(キーワードではなくキイワードとしたのは、編訳者あとがきの表記にならっています。キイを変換したら「奇異」になってビックリ)一つの英単語を挙げています。


 subtle


 不勉強ですが知らない単語です。辞書をひくと「なるほど、なるほど」となりました。意味を明かされないままでは気持ちが悪い読者のかたもいらっしゃるでしょうし、ここで意味まできちんと紹介するのが正しいのでしょう。ですが、この単語は日本語に言葉を対応させる過程でもなにか零れ落ちているニュアンスがあるような気がするので、書かないでおきます。

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