「犬好きの人に悪い人はいない」という人はたいがい犬が好きである
日本オリジナル短編集『銀の仮面』(ヒュー・ウォルポール著/倉坂鬼一郎訳/国書刊行会)でウォルポールの短編を読んでいて、美術品がよく出てくることに気づきました。短編「銀の仮面」でも青年は美術品に対して確かな鑑定眼というか審美眼を持っている売れない絵描きという設定ですし、タイトルにもなっている銀の仮面を素晴らしいと評価し、ソニアを喜ばせます。青年がソニアと再開するきっかけになるのも白翡翠のシガレットケースですし。
家中に美術品があるほどですから、ソニアもきっと美術愛好家。美しいものが好きなのです。
青年にソニアがとらわれていく理由の一つは、美に理解のある同好の士として、青年を認めているから。もちろん、青年そのものが「美しい」ということもあるからでしょう。多くの犬好きが「犬好きに悪い人はいない」と語るように、同じ趣味を持つ人への親近感というか共感みたいなものは、時に人の目をくもらせます。
青年(名前はあるのですが、最初は名もなき青年としてソニアの前に登場するので、私はここまで「青年」としか表記していません)は、本当に美術を愛しているのか、これはちょっと疑わしい記述もあります。
この企画の『世界推理短編傑作集4』では215ページから216ページにかかる部分、短編集『銀の仮面』では33ページの記述がそれです。
確かにソニアと出会ったときは美術に詳しいところを見せます。ちょっと引用してみましょう。
しかし、この男は美術に対する目も知識も持っていた。その部屋にあるユトリロの絵が、初期の作品であり、この巨匠で重要なのは、初期のものだけであることや、窓の下でふたりの老人がはなしているのは、シッカートの『中部イタリア人』のうちの作品であることを知っているし、頭部の塑像がドブソンの作であることや、すばらしい緑がかった青銅のおおじかが、カール・ミレスの作品であることもわかるのだった。
(『世界推理短編傑作集4』P.195)
おそらく、この時点では美術への愛があったと推測できます。いや、この時点で青年はすでに腹になにか抱え込んでいたのだという見方もできますが。能面が角度によって表情を変えるように、銀の仮面も銀の仮面の化身ともとれる青年の心情も、見る(読む)人間にゆだねられているようです。審美眼が試されているわけです。
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