最後に一撃

 中断などもあり、えらく長くなった「二壜のソース」も今回でラストにします。

 本格ミステリとしても仕上げられるとはどういうことか、ということをメインに書いていきますので、ネタばらしをします。


!!!!!!!注意!!!!!!!


 この先、「二壜のソース」(別題「二壜の調味料」)について、真相や犯人について言及します。未読のかたは、ご注意ください。



(ここからネタばらし)



 行方知れずになった少女は、もちろん死んでいて、犯人は一緒に住んでいたスティーガアです。このあたりは短編小説で登場人物も限られているとあり、大半の読者の方がすぐに気づくでしょう。問題は「どうやって犯人は死体を処理したか」。

 さまざまな根拠から遺体は外に運び出されてはいないことが明らかで、かつ敷地内に埋められてもおらず、「あたりまえの煮炊きの煙」(P.169)がでるだけで「肉の焼ける匂いなんか一度だってしたことはなかった」(P.169)ことから、死体が燃やされてもいないことが提示されます。

 もうこの段階で、気づくかたは気づくでしょう。作者にならい、私も「わかる」ような書き方をしていますから。

 真相判明のきっかけは、犯人が「菜食主義者で、食料は八百屋から買い入れるだけだ」(P.177)ということ。ところが犯人は肉切り包丁を所持しています。

 そして、決定打となるのは語り手のスミザーズが肉用のソースを「二壜買っていった」ことです。

 もうおわかりですね。

 私がこれを本格と評価したのは、鍵のかかった部屋ではないものの密室のバリエーションである「人間消失」ものであり、死体処理ということに奇抜なアイデアが盛り込まれていることです。

 奇抜と書きましたが、実はこれ、糸と針系の物理トリックで鍵をかけるよりは、ある意味でとても現実的で実効性が高く、原始的です。まぁ、実行にあたっては乗り越えねばならない「壁」が高いというか厚いというか、まぁ本当に実行するにはかなり抵抗があるだろうな、というものなのですが。

 たいがい、この死体処理のワンアイデアしか語られませんが、下水を調べて、変わったものは流されていなかったとチェックしたり(そこにあることが不自然という意味では「変わった」ものは流されていないのですが、変化したという意味で「変わった」ものは流されているわけですが)、死体の焼却の可能性が厳しくチェックされたりと、本格謎解きミステリのように「正解以外の可能性」がきちんと検討されて、排除されているのもポイントが高いです。

 また読者に最初のうちから小さな謎として「からまつの木をなぜ切り倒しているのか」が提示されているのも、評価したいです。なにより、この解答がラストに提示されることが美しい。

 小さな謎の提示と解決の間に大きな謎を挟み、大きな謎の答えは明確に示さず、小さな謎に対する答えがラストに示されると同時に、大きな謎の答えもほのめかされて、すぐさま幕が降りるという構成が見事。

 つまり、「最後の一行」ものになっていて、かつ「リドルストーリー」の趣もあるというのが素晴らしい。こんな贅沢なミステリはなかなか味わえません。

 次回からヒュー・ウォルポール「銀の仮面」を取り上げます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る