ノックスの頭をのぞく
前回、まず「食うに困らない百万長者が食糧のかたわらで餓死している」という状況を先に思いついたのではないか、と書きました。今回はどうやって特異なシチュエーションを可能にしたのか、ノックスの考えを推理していきたいと思います。そのため、トリック・内容に触れますので、その点、ご注意ください。
有栖川有栖さんは「長年、ミステリのファンをやっていたなら、耳にせずにいるのが困難なほど有名なトリック」(『有栖川有栖の密室大図鑑』 有栖川有栖 磯田和一 著/新潮文庫 p68)と表現されています。それほどのトリックですので、困難を乗り越えてきた本作未読のミステリファンのかたは、ぜひネタばらしの前に作品をお読みください。
!!!!!!!注意!!!!!!!
この先、ノックス「密室の行者」の犯人、トリックなど内容に言及します。未読のかたはご注意ください。
(ネタばらしはここから)
一番簡単なのは、餓死した死体を運び込み、鍵をかける方法です。ここで一番問題になるのは鍵のかけ方……ではなく、「どうやって餓死させるか」です。(仮に餓死させる方法をクリアできたとしても、鍵のかけ方を工夫するだけならば、新しいミステリにはなりません)
餓死させるには食べ物を口にできない環境にすればいい。食べ物のない空間に閉じ込めればいいわけです。餓死させた空間に後で食糧を運び込めば、一応は「食うに困らない百万長者が食糧のかたわらで餓死している」状況ができます。ただ、これではつまらないとノックスは考えたのではないでしょうか。
そこで密室のなかにもう一つ密室をつくることで、問題を解決したわけです。密室Aには食糧があるが、被害者を密室B(マトリョーシカのごとく密室Aのなかにある)に閉じ込めることで、食べ物を口にできない状況をつくったわけです。その後、密室Bを消すことで不可能状況が成立する。
推測に推測を重ねる話なのでアレですが、ノックスの場合は「不可能」よりも「食うに困らない百万長者が食糧のかたわらで餓死している」という皮肉なシチュエーションが大事だったわけです。
問題は密室Bです。死体発見時、密室Aに踏み込んだときには「消えて」いる必要があるからです。
食糧に近づけさせなければよいので、壁のない密室、錠前と扉によらない密室でかまわないのです。壁も鍵も扉もないこと、要素が少ないことは、密室を簡単に消すうえでも好都合です。
簡単に消える密室は、難しい問題です。これを解決したのが有名な本作のトリック。
被害者になる人物を寝ているベッドごと吊り上げて、高さを利用して食糧に近づけさせないという方法です。
ベッドを吊り上げるために、天窓と天井の四つの鍵が必要です。そのために体育館のような広い空間という特殊な設定になったのでしょう。そして、吊り上げのために四人の人手が必要です。ベッドを中央に置くために、被害者は変わり者に描く必要があり、変わり者の周辺に配置する四人の犯人も変人にふさわしい怪しげな外国人である必要があったのでしょう。
現代からすれば、インド人が怪しいという考えは偏見も偏見なのですが、当時のイギリスの人々の感覚からすると、インド人は未知の怪しい人物ということだったのでしょう。
作中でも触れられていますが「ベッドから飛び降りる」という解決策を防ぐために被害者は高所恐怖症という設定なわけです。
○○○○○○○ネタばらしここまで○○○○○○
ざっとこのように分析してみましたが、ノックス本人には笑われるかもしれません。
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