傑作は仕事が丁寧
奇抜な真相ですが、解けるように描かれているのはさすがノックスというところでしょうか。
うまいな、と感じた箇所を挙げていきます。ヒントになってしまうので、例により注意喚起の文章を挟んでおきます。
!!!!!!!注意!!!!!!!
この先、ノックス「密室の行者」の犯人、トリックなど内容に言及します。未読のかたはご注意ください。
(ネタばらし、ここから)
前回も触れましたが、被害者が変人に描かれていることはうまいです。このトリックには成立に必要だったり、目くらましのためだったりと、不自然な設定(高い天井、唯一の天窓、部屋の中央のベッドなど)にせざるをえないところがあります。「断食だか儀式だか知らんが、そんな変なところでやらんやろ」というツッコミをかわす一方で、トリックが明かされたときに「なるほど」と納得させる効果もあり、うまいです。
高所恐怖症の設定がさらりと説明されているのも巧みです。神経症気味なので検査の一環として高いビルの屋上に連れて行ったら舌をのぞこうとしなかった、というくだりは気づかない人は最後まで読んでも気づかないままでしょうし、意地の悪いマニアならば「なぜこんな描写が挟まれるんだろう」とひっかかるかもしれません。
高所恐怖症設定は、飛び降りという方法で餓死を不成立にするのを回避するうえでも有効です。作中でも言及されていますが、あのような状況になれば、たいがいの人はイチかバチかで飛び降りるでしょう。自分の考えに固執するようでアレですが、やはりノックスがこの作品でやりたかったのは「食うに困らない百万長者が食糧のかたわらで餓死している」というひねくれた状況でしょう。そのためにはどうしても餓死でないとならないわけです。
飛び降りて打撲による死、墜落死だとすっと吊り上げという発想に行き着くため、トリックが明かされたときの驚きを減じないためにも餓死は効果的です。一方で、作中の犯人レベルの思考では、飛び降りても死んでいてくれるならばよいという状況になるのもうまいです。
油布のうえに残ったベッドの足の車輪の痕跡がずれているから、ベッドそのものが吊り上げられたというのもフェアです。
前回、触れましたが、実はこの作品は多重密室ものなのです。同時に消失ものでもあります。消えるのは密室。普通の消失ミステリは凶器が消えたり、人間が密室から消えます。なにが消えたかは読者に明確に提示され、どこに消えたか、どうやって消したか、が問題になります。本作では「密室から密室が消えて人間は残る」し、「なにが消えたかがわからず、消えたこと自体が消されている」し、とにかくひねくれています。
○○○○○○○ネタばらしここまで○○○○○○
クリスティーが言い落としや言葉の二重性(ダブルミーニング)で「ね、噓はついていないでしょう?」とやるように、ノックスも「ね、ちゃんとヒントは散りばめてあるでしょう?」と言っているようです。二人に共通するのは、ぬけぬけとかなりあくどいことを読者にかましてくるところ。
クリスティーの「読者を騙すためならばなんでもやる」あくどさは翻訳が文庫で出ていることもあり、割と日本では伝わっていると感じます。バークリーも近年、手に入れやすくなっています。
ノックスはどうでしょう。ちょっと報われていない気がします。その理由はわからなくもない気がします。次回はその理由について書いて、「密室の行者」の最終回にしたいと思います。
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