マナーを説くものを疑え

 今回からは「密室の行者」を取り上げます。

 まずは基本情報から。作者はロナルド・A・ノックス。そうです、あのノックスです。「ノックスの十戒」のあの人ですね。十戒とは、ノックスが提唱したミステリを書くうえでのマナーというか、やってはいけない「べからず集」ともいうべきもの。「戒」は「いましめ」であり、「戒律」の戒でもあります。

 しばしば、マナー講師なる職業のかたが提唱する新しいマナーなるものが物議をかもしだすように「マナー」とは曖昧で厄介で、面倒くさいもの、というか、ときに胡散臭いもの。いや、マナーが大事ではないというのではありません。ですが、マナーというのは形だけ押しつけられると、マナーに反する行為に類することになりがち。

 バークリーの「偶然の審判」のときにちょっと触れたかと思いますが、ノックスという作家はひねくれているというか、性格が歪んでいるというか、ちょっと一筋縄にはいかない人物のようです。

 余談ですが、このノックス、バークリー、そして、『はなれわざ』や『ジェゼベルの死』などのクリスチアナ・ブランドは、個人的には海外ミステリ黄金期三大「きっと性格が悪いから友だちにはしたくない」本格ミステリ作家。

そんな人物のつくったものですから、十戒もたぶんにギャグというか、揶揄する要素を含んでいるように感じます。

 このあたりの呼吸はミステリファンには割と伝わっているようで、あえて十戒を破ることで傑作になっている作品も多く存在します。

 よく引き合いに出されるのは「中国人を登場させてはならない」というもの。当時の英米で東洋人に対する理解がどれだけ正確だったのか、人種的偏見がどれだけ深刻だったかはわからないのですが、やはり、これはノックスのギャグでしょう。 正確な理解はできていなかったであろうものの、ノックス自身は人種的な偏見なく、東洋人をとらえていたのだと思います。そのうえで偏見を持ったり、住んでいる地域は違えど同じ人間であることに変わりはしないという当然の事実、正しい理解をできない人々を笑うという要素が「中国人を登場させてはならない」という戒めには少しあるような気がします。

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