行方不明の論考

 前回は「ハードボイルドとはなにか」と題する解説から引用する形で、ハードボイルドとはなにかを学んでみました。「なるほどハードボイルドの文学性はわかった。しかし、あれがどうして探偵小説なのだ」というところまでたどり着きました。

 答えを探すため、引き続き、ハードボイルド作品の解説をピックアップして読み進めていきました。「次に紹介されるハードボイルドの作品の解説」はナンバー306の『金髪女は若死にする』(ビル・ピーターズ著/野中重雄訳)の「スピレインを追うもの」というタイトルのもの。

 ところが、どうもここには「探偵小説としてのハードボイルド」の論がないように感じたのです。

 そこで、次へ次へとハードボイルド作品らしきものの解説とチェックしていくことにしました。

 以下、解説のタイトル・ポケミスのナンバー・作品名・『都筑道夫ポケミス全解説』の該当ページという形で並べていきます。


「アイルランド産ハードボイルド」 ナンバー311 『憑かれた死』(J・B・オサリヴァン著/田中小実昌訳) P138

「マッギヴァーンおぼえがき」 ナンバー318 『囁く死体』(ウィリアム・P・マッギヴァーン著/井上一夫訳) P148

「トマス・B・デューイおぼえがき」 ナンバー319 『非情の街』(トマス・B・デューイ著/中田耕治訳) P150

「チェイニィおぼえがき」 ナンバー329 『女は魔物』(ピーター・チェイニィ著/田中小実昌訳) P161


 ビル・ピーターズはウィリアム・P・マッギヴァーンの別名義なので、「マッギヴァーンおぼえがき」のところで、なにか言及があってもよさそうですが、残念ながらありません。

 ようやく、それらしものが出てくるのはナンバー331の『明日よ、さらば』(ミッキー・スピレイン著/高橋豊訳)の解説、「スピレインとその周辺」です。



 ベン・レイ・レドマン Ben Ray Redmanは「こういうものが流行するようでは、探偵小説も滅亡だ」と書いているが、スピレインのおかげで堕落するほど、探偵小説はケチなものだったのだろうか。(P170)


 スピレインの追従者の中には、ずいぶんとひどいものもあるが、彼自身の作品は立派に探偵小説になっている。いちばんの傑作は『果された期待』 The Long Waitだと思うが、ちゃんとそれぞれに謎もあり、伏線も張ってあるし、展開もたくみなスリラーに仕立てられている。まわりの飾りによけい目がゆくので、探偵小説に非ず、というような定評が出来てしまったもののようだ。(P170)


 スピレインは自分の書くものは、ミステリ・ノヴェルであって推理小説ではないと言っている。彼のいうミステリとは、探偵的な角度から書いた恋愛冒険小説で、重要なのは謎解きよりも、動機と事件に巻きこまれる人間像であるという。(P174)



 ここで「探偵小説」や「ミステリ」、「推理小説」といった単語は出てきますが、ハードボイルドがどうして探偵小説なのか、という議論にはなっていません。

 その後のナンバー336の解説「すばらしき処女作」にも、345の「チェイスおぼえがき」にも、これといった論考はありません。

 私が見落としたのか、「これはポケミスの解説の紙幅ではおさまるテーマではない」と別のところで考察しているのかは、謎です。




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