固茹で卵には黄身と白身という二つの部分がある
では、一般的なハードボイルドの定義めいたものを見ていきましょう。1、探偵が推理ではなく行動で事件を追っていく。2、内情の吐露などを排し、行動の描写のみで記述する。
暴力とか性的描写がつきもの、という見方も強いでしょうが、あれはハードボイルドの発表媒体となったパルプフィクションにつきものであって、ハードボイルドの本質とはあまり関係ないとするのが私見です。
過激な描写はハードボイルドを産んだパルプフィクションの特性であって、ハードボイルドという赤子からすれば「へその緒」みたいなものにすぎません。確かに母親の血が流れていると感じることは多々ありますが、その後、すくすくと成長していくうちに必要はなくなっています。
厄介なのはさきほど挙げた二つが、質的に異なる点です。1は内容、探偵小説のスタイルなのに対し、2は文体、小説のスタイルであることに注意が必要です。
2は表現形式の問題なので、ハードボイルドの文体で本格ミステリを書くことは不可能ではありません。途中まで1のスタイルでハードボイルドを偽装して、そのなかに伏線を埋め込み、最終的に本格に転じることも可能なわけです。
偽装という言葉はふさわしくないですが、ロス・マクドナルドの作品は、ハードボイルドという形式と本格ミステリの手法をうまくミックスしていると言えるでしょう。
「The Killers」は1ではなく2の点でハードボイルドです。不勉強を告白するようでお恥ずかしいのですが、いろいろ調べたところ、ハードボイルドの始祖は、どうやらヘミングウェイということのようです。
感情を排した文体で描いたミステリがハードボイルドという認識は少し軌道修正しなければならないようです。《感情を排した文体で描いたミステリがハードボイルド》は間違いではないです。ただ《感情を排した文体》ならばミステリでなくても、それはハードボイルドということになるようです。「ようです」と濁すあたりにまだ躊躇いがありますね。
文体の始祖としてのヘミングウェイが犯罪とサスペンスの物語を描いた、という点が選出評価ポイントなのかもしれません。「奇妙な味」や「完全犯罪への夢想」、「トリック蒐集癖」といった乱歩好みの要素がないにも関わらずアンソロジーに選ばれているのは、歴史的な価値を重くみたからなのでしょう。広くミステリをとらえて後世に残そうという乱歩の思想を感じます。
乱歩なんて、表に出さなくてもいい感情をさらけだすサディスティックなところが魅力なはずなのに、この割り切りはすごいです。きれいではない感情の「おもらし」が乱歩ならではの味つけなのに。
汚い言葉ですが、乱歩の作品にはどこか排泄的なところもあるように思うのです。「絶対に泣けます」みたいなキャッチコピーの映画で泣くような行為とも通じるところがあるように感じるのです。
このアンソロジーの選出にあたっては結構、自分の好みに振れている部分が否めないだけに、乱歩がバランスをとったと考えるとかわいらしいです。
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