犯人の運命
今回は「イギリス製濾過器」の最終回ですので、ネタばらしをして踏み込みたいと思います。
注 以下、「イギリス製濾過器」のトリックや犯人など内容に言及します。未読のかたはご注意ください。
犯人は被害者の教授の助手。研究成果を教授の手柄にされていた恨みが動機。教授の部屋に出入りできた事務員が有力容疑者と目されるのですが、これはダミー。ミステリーを読み慣れたかたならば、すぐにダミーだとわかるような書き方をされています。
鍵を持っている事務員にアリバイが成立した段階で「じゃあどうやったら鍵なしで室内にある濾過器に毒を入れるのか」という謎が(本来ならば、ここで初めて)提示されます。
あからさまに怪しいのが研究室の壁にある窓。廊下にある三つのドアは本棚や飾り棚でふさがれていてトリックを施す余地はありそうですが、研究室へ通じるものではないのでドアを突破しても結局は廊下に出られるだけで、どうしても問題は研究室の壁にある窓ということになります。
真相は窓から毒入りの水を飛ばして、濾過器のなかに投じたというもの。コッタボスという古い酒席での遊びの要領で、グラスを回転させて液体を投げるというもの。
犯人の助手は真相を知ったショックで死んでしまいます。
因果応報的な教訓話を語るという機能を持つべしという理念と、遊びと割り切ってミステリーを書くというのが切り離されていないのか、ある時期までのミステリーはやたらと犯人が死ぬ印象があります。
いや、現代ドラマでも二時間サスペンスでも金田一耕助の孫の話でも、犯人が死ぬことはあるじゃないか、という声が聞こえてきそうです。
ある時期までのラストの犯人の死は、ドラマチックにしたいとか、カタルシスを得させるとか、その手の計算なしに「当たり前のもの」として推理小説にくっついていたようにすら感じます。ジャンルとしてミステリーがそれまでの物語から独立分離する以前の名残のようにも思うのです。
ラストに犯人が死なない作品の増加は、それまでのいろいろな要素がごちゃまぜになった物語と、ジャンルとして自覚的につくられたミステリとの距離を示している、というのは、いや、ちょっと厳しい想像のようです。
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