引き続き「茶の葉」のネタばらしをしながら


 前回に続き、ネタばらしをして「茶の葉」について、語っていきたいと思います。

 今回の記事は、最後の一行まで全て内容に言及しますので、ご注意ください。


※※※以下、「茶の葉」のトリック、犯人、真相などについて言及します。未読のかたはご注意ください※※※



 前回から「氷のナイフ」というワードを多用しています。これは敢えてです。なぜならば、「茶の葉」は元祖「氷のナイフ」トリック的な扱いをされていますが、実は「氷のナイフ」ではないからです。そして、「氷のナイフ」でないことがミステリとして、優れていると感じるのです。「え、氷のナイフだろ」と驚いているかたにご説明しましょう。正確には「ドライアイスの大きな錐(きり)」なのです。

 ミステリファンの前にナイフを置いて「これはなにをするための道具ですか」と訊くと、何割かは「刺すため」という答えが返ってきそうです。特にミステリが好きでもなんでもない人の前にナイフを置いて「これはなにをするための道具ですか」と同じ質問をしたら、きっと「切るため」という答えばかりでしょう。「ナイフ=刺す」あるいは「刺す=ナイフ」という発想はミステリファンに染み着いているものですから、仕方ありません。

 元祖「氷のナイフ」的な扱いをされている「茶の葉」ですが、これ以前にも「氷でつくった凶器なら消えてなくなるよね」という作品や「氷でつくったストッパーが溶けたら時間差で鍵かけられるよね」という作品はあったのではないでしょうか。

 ちょっとビクビクしながら、書きました。書いてしまったので続けます。

 少なくとも、発想自体はあったと考えています。作品という形にしないまでもアイデアや、雑談のネタのような形では存在していただろう、という想像は突飛なものではないはずです。

 この作品がまず、優れているのは「氷のナイフで人の命を奪えるか」についての考察がしっかりされているところ。

 おそらく作者(きっと医師でもあったというロバート・ユーステスのほうが)は検証の末、「氷のナイフでは歯が折れて無理だ」と結論づけたのではないでしょうか。そこでナイフではなく錐という形状を、水を凍らせた氷ではなく固体化させた二酸化炭素(いわゆるドライアイス)という素材を、実行可能なものとしてチョイスしたのではないか。そう推理します。

 お話の終盤で「ただひとりだけ新しい証人を喚問したい」として、モズリー教授という人物が登場します。長くなりますが、この人物の証言の部分を引用します。


 ヘイゼルディーン(アカニシンノカイ注 ウィラトンの顧問弁護士)の質問に答えて博士は、二酸化炭素からそういう凶器を造ることは、可能どころか容易なことで、それはじゅうぶんに固く、丈夫でかつ鋭くて、ケルスタンの死因をなしたような刺傷をつくりうるはずだと述べた。

 制作の方法は、かもしかの皮をまるめて袋の形につくり、手袋をはめて保護した左手でその袋を持ち、液体二酸化炭素を詰めたシリンダーの口の上からあてがい、右手で栓を開く。二酸化炭素はひじょうに早く気化するので、そのあいだに凝固点の氷点下八十度にはすぐ達する。そして雪状に固形化して袋の中にたまる。ガスを全部はらってからその雪状体を必要な容積のエボナイトの容器にすくい取り、エボナイトの棒を使って押し詰めて必要な固さに突き固める。その間も溶けないように容器を氷で包んで冷やしているほうがよいと教授はつけ加えた。それからできあがったドライアイスの棒、すなわち凶器を魔法瓶の中へ入れて、必要なときまでたくわえておくわけである。


 『世界推理短編傑作集3』江戸川乱歩編 創元推理文庫 p214から 


 これだけ書き込まれたら、実際に凶器として皮膚を貫いて人を死に至らしめることができるという説得力を充分、持ち得ます。もしかしたら、本当にこんなものをつくったのではないかと勘ぐってしまうほど。


※※※今回、更新分は最後までネタばらし部分です。ここまでで今回分は終わり※※※


 次回もトリックを明かして考察します。


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