怕いって読めますか

 乱歩全集みたいな企画はさまざまあって、他のシリーズと差別化をはかるためか、各社いろいろな工夫をしています。講談社から出ている《江戸川乱歩推理文庫》にはさまざまな人が書いた‘乱歩と私’というエッセイがついています。『江戸川乱歩推理文庫⑱ 緑衣の鬼』には皆川博子さんが「怪しきは乱歩体験」というタイトルで思い出を綴っておられます。

 そのなかで、子どもの頃に『孤島の鬼』を読んだときのことをこう書いておられます。


 怕いばかりではない。異様な哀しさがあった。

 思えば、あの恐ろしい踊る一寸法師にも、その他の多くの乱歩の物語にも、哀しさは沈潜していたのだった。

 凡庸な世の規範からはずれた気質を、どうしようもなく身に備えて生まれついてしまったものの哀しみであろう。

(『江戸川乱歩推理文庫⑱ 緑衣の鬼』 p347より)


 ちなみに《怕い》は《こわい》です。悲しさではなく哀しさなのも皆川さんらしい表記です。沈潜なんて単語は初めて使いましたし、知りました。『赤毛のレドメイン家』にも「三死人」にも、異様な哀しさがあります。読み手が持っている哀しさと色も形も違うのだけれど、それが哀しみだということだけはわかる。匂いだけは同じだから、それが哀しみだとわかる。《哀しみ》と書かない人でも《かなしみ》と読めるように、《怕い》と普段から使わなくても文脈からちゃんと《こわい》と読めるように。

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