走る列車という壁
密室を構成する「壁」は、なにも鍵のかかった扉や窓に限りません。
衆人監視、つまり、誰も出入りしていないことを誰かが見ていた場合も「視線」が鍵や壁になります。雪原に残された足跡や、足跡がない状況も密室を形作ります。
クロフツの「急行列車内の謎」の密室は、一見、楔で完全には開かな客室だけに思えますが、実は死体が発見された車両、連結された走る列車そのものも脱出不能の密室なのです。
単に密室の舞台をひねりました、というだけではなく、変わったシチュエーションを用意することで、新しい密室の壁をつくり、新しい不可能状況をつくる。
さらっと多重密室をつくりあげておいて「どーだ、俺様は何重もの堅牢な密室をつくったぞ、へっへっへ」とふんぞり返らないのは実にクロフツっぽい。
これがケレンの不可能犯罪クリエイター、ジョン・ディクスン・カーあるいはカーター・ディクスンならば、これ見よがしに、それこそ鬼の首を取ったかのようにアピールする押し出しの強い密室を誇示するでしょう。
念のために書き添えますが、これはカーの味。私はこの子どもっぽさというか無邪気さが大好きです。
クロフツの奥ゆかしさを裏付けするように、この作品にはせっかくとびきりの不可能犯罪があるにもかかわらず、快刀乱麻に謎を解くエキセントリックな名探偵は存在しません。クロフツの作品なのに(?)刑事もいない。
リュウ・アーチャーのようなインタビュアーもおらず、いるのは真犯人の告白を受け止める聖職者のような人物のみ。それも逆説を説くコウモリ傘を携えた神父でもありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます