今回はネタばらしがありますので、ご用心
犯人やトリックを明かしたうえで深く考察するということも大事だと思いますので、今回はネタばらしをして「ズームドルフ事件」について書いていきます。すでに「ズームドルフ」事件をお読みのかただけ、という限定はしませんが、犯人、トリックについてはっきりと書きますので、この先をお読みになる場合は、その点、ご了承ください。
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この先、「ズームドルフ事件」の犯人・トリックなど内容について言及します。未読のかたはご注意ください。
密室状態の部屋で銃が発射され、部屋には銃で撃たれたズームドルフの死体があった。ズームドルフを撃った人物はどこから入り、どこから出たのか。この問いがそもそもの誤りです。発砲をした人物は存在せず、密室には死体になったズームドルフ以外の人間も存在していません。
せっかくですので、ここで乱歩に登場していただきましょう。前回も引用した『探偵小説の「謎」』からです。
この種明かしは、ガラス窓からさしこんだ日光が、机上の水瓶にあたり、その丸いフラスコ型の水瓶がレンズの作用をして、偶然、旧式猟銃の点火孔に焦点をむすんだので、実弾が発射したというのだ。
(『現代教養文庫 137 探偵小説の「謎」』江戸川乱歩著/社会思想社 P.12より)
つまり、偶然による事故が密室に見えただけというわけです。ポーストが周到なのは、被害者は命を奪われても仕方ない非道な人間として描き、ドアを破って死体を発見した直後、容疑者の女性に自分がやったという内容の発言をさせていることです。
二人の容疑者のうち、どちらが犯人かという二者択一の枠組みで考えさせること、究極にシンプルな容疑者リストを提示することによって、それ以外の要素を可能性の外に追い出すという技術を用いていることにも注目したいです。
再び『探偵小説の「謎」』に戻りますが、この本は「1 奇矯な着想」から始まります。その最初の項目が「人間外の犯人」なのです。そして、あれやあれやあれなど、マニアのかたなら読んだり聞いたことのあるような実例をバンバン紹介したあとで、この「人間外」の犯人の項を締めくくるのが「ズームドルフ事件」です。
一応、乱歩の名誉のために書いておきますが、「人間外の犯人」で作品名を出しているのは一作品のみ(それも超有名なあれ)です。
乱歩にとっては意外性を支えているのは「太陽」という「人間外の犯人」であり、それを効果的にしている「容疑者を限定することによる容疑者リスト以外の犯人」という技術には注目していないようにも思えます。もっとも、これは『探偵小説の「謎」』が「トリックを解説したもの」であり、乱歩にとって「トリック」とは作中の犯人が嫌疑を免れるために用いるもので、叙述など作者が読者を騙すテクニックを「トリック」の範疇にしていないからかもしれません。
確かに容疑者の限定というミスリードはテクニックであり、トリックではないのですが。
また、注目すべきは乱歩が水瓶という表現を用いていることです。確かにトリックに必要な要素を説明するには水瓶で足りるのですが、「ズームドルフ事件」で水瓶に入っているのはお酒なのです。悪徳の象徴として描かれる酒を蓄えるものによって、命を奪われたというのは、この物語に欠かせないパーツであり、ポーストにとっては絶対に水ではなくて酒でなければならなかったはずです。
お酒が悪というのは、お酒を飲む私にはあまりピンと来ない(わからないわけではない)のですし、当時の乱歩たちの倫理観でもストレートに理解されるものではなかったでしょう。それゆえに乱歩が酒という要素を省いたのか、トリックのメカニズムを説明するための本質的な要素として水瓶と表現したのかはわかりません。
ただ、「ズームドルフ事件」はトリックばかりが語られて、こういう細かい工夫が見落とされているようで、残念に感じるのです。
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