乱歩(あるいは平井太郎)の心理を推理する
では、なぜ乱歩は「ズームドルフ事件」を選んだのか。あるタイプの密室もののサンプルとしては、この作品は非常に適した内容であるという点がまず挙げられます。
ただ、それだけなのか。ちょっと意地悪な推理を働かせてみることにします。
ご存じのかたもいらっしゃるかと思いますが、実はこのトリックは日本ミステリ史には欠かせないある人物も思いついているのです。仮にその人をHとしましょう。「Hと同じ発想をするとはなかなかじゃないか、採用」となったのか「まぁ誰でも考えつくだろうけれど、それだけに馴染みやすいだろうから収録しよう」となったのか、いや、そもそもHが同じトリックを考案していたから選んだという点からして妄想なのですが、案外、当たらずとも遠からずなのかもしれません。それだったら楽しいのですが。
ここで『現代教養文庫 137 探偵小説の「謎」』(江戸川乱歩著/社会思想社)から引用してみます。一部、伏せ字(××××)と「H」になっているのは私が判断して隠しました。
この着想はアメリカの古い探偵作家ポーストと、フランスの××××が使っているが、Hも学生時代に、その二人とは別に着想して、下手な短篇を書いたことがある。早さでは、ポーストとHとはほとんど同時ぐらい、××××はそれよりおくれている。
(『現代教養文庫 137 探偵小説の「謎」』江戸川乱歩著/社会思想社 P.12より)
ポーストに「古い」と付けたり、「学生時代」「二人とは別に」「下手な」「ほとんど同時」といった言葉あたりに乱歩の変な意地のようなものが香っていないでしょうか。きわめつけは××××よりもHのほうが早いぞ、の部分。この××××の伏せ字で隠しているのはある作家名なのですが、この作家、『世界短編傑作集』の叩き台となったクイーンやヴァン・ダインらによる各種投票企画にも名前の出ている人なのです。はたして、乱歩は××××を『世界短編傑作集』に選んでいるのか、外しているのか。答えのわかっているかたも、そうでないかたもニヤニヤしていただければ幸いです。
もちろん、Hの正体を知っているかたも、にんまりしていただけるに違いない、いやいただける、たろう、と思います。
ちなみにこの『探偵小説の「謎」』は乱歩の随筆のなかからトリックを解説したものを集めたものを中心に構成されています。そのため、ネタばらしの宝庫ですので、お読みになるかたはご注意ください。現在の評論のように事前に「ここから先は○○○という作品の内容・犯人について言及します。未読のかたはご注意ください」などという警告文は挿入されません。
もしも乱歩が内容について深く言及する場合は、未読の人間の興味をそがないための配慮を充分にするという形式を確立させていたら、不用意にトリックや犯人を明かすという解説もなくなっていたかもしれません。
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