倒叙ミステリと映像の関係
前回の最後の疑問、「なぜ(日本における)倒叙ものの代表格(刑事コロンボと古畑任三郎)が二つとも映像作品なのか」について考えてみたいと思います。
まず一つ、考えられるのは、仮説1、日本では倒叙ミステリの作例そのものが少なかったのではないかということです。これは日本人作家による作品という意味だけではなく、翻訳によって紹介される海外作品という意味も含みます。
ミステリガイドの定番『東西ミステリーベスト100』(文藝春秋社編 文春文庫)を紐解いてみます。このランキングは一九八六年の文春文庫版と、二〇一二年の週刊文春臨時増刊版の二つがあります。コロンボ登場以前の倒叙ミステリの歴史を考えるので、一九八六年版をみていきます。
国内編ランキングに名前のある一〇二作品(同率九十八位が五作品あるため)のうち、スタンダードな倒叙ものはありません。犯人側から描くという点では天藤真『大誘拐』(十二位)、都筑道夫『誘拐作戦』(八十九位)などがランクインしていますが、これらは倒叙ものというよりは誘拐ものでしょう。
海外編にも目を向けてみると、ベスト一〇〇のうち、二作品という結果に。具体的にはアントニイ・バークリーの『トライアル&エラー(試行錯誤)』(六十一位)、F・W・クロフツの『クロイドン発12時30分』(九十七位)です。
バークリーはフランシス・アイルズ名義で残した作品のほうが倒叙らしく、倒叙形式をさらに一歩押し進めた形の『トライアル&エラー(試行錯誤)』も、倒叙ものと分類しないほうがよいのかもしれません。
いやランキング以外にも作例はある、三大倒叙ミステリはちゃんと翻訳されて、しかも文庫化までされているではないか、という声も聞こえてきそうです。
確かに海外編の一〇一位から一九八位までの一〇七作品のなかにはリチャード・ハルの“The Murder Of My Aunt”(一六八位)も、フランシス・アイルズの“Malice Aforethought”(一九八位)も入っています。『クロイドン発12時30分』もあわせて、いわゆる三大倒叙ものはかろうじてですが、すべてベスト二〇〇には入っていることになります。しかし、どうも倒叙ものがライトなミステリファンにとって高い認知度があったとは言えなさそうです。
国内海外あわせて、たった三〇〇作品のデータで語るのも乱暴なようですが、こと一般層に届くまで倒叙ミステリは普及していないとみることができそうです。
刑事コロンボが紹介されるまで、日本では倒形式のミステリが一般的ではなかった。少なくとも熱心なミステリファン以外には、その存在すら知られていないジャンルに近かった。そう考えることができるのではないでしょうか。
話を日本国内に限定して語っていましたが、一般層に倒叙ミステリが普及していないという点では、海外も変わらないかもしれません。むしろ海外のほうが事態はより深刻かもしれません。
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