ミステリ史学部はなさそう

 なぜミステリ史を学ぼうとすると、名前が出てくるかと言えば、倒叙の一つの完成形だからです。倒叙の基本的なフォーマットは、最初に犯行の様子が描かれるというものです。通常のミステリでは、犯行の様子は探偵(役)の推理によって、終盤に明らかにされます。同時に探偵(役)の推理が披露されるまでは、犯人は読者に明らかにされません。いわば、ひっくり返っている、倒れているのです。

 順序が逆になっていることで、犯人は誰かという興味が成立しない(倒叙形式の追及が洗練されていくと、倒叙でも犯人当てが成立するといった離れ業や、倒叙形式の基本フォーマットを逆手に取ったり、ミスリードに利用したりする作品も出てきますが)わけです。

 作者のオースチン・フリーマンは『歌う白骨』で倒叙形式のミステリを提唱し、一定の成功を収めたのがこの「オスカー・ブロズキー事件」というわけです。

 ぜひとも『歌う白骨』も読んでおきたいところですが、残念ながら未読です。日本国内における海外ミステリの老舗、早川書房さんも東京創元社さんも、現在のところでは「歌う白骨」は手に入らない状況(9月18日追記 『ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ』に「歌う白骨」は収録されていますが、現在、出版社のサイトでは品切れとのこと)です。私のようなマニアだけでは、商売にならないのだろうな、と残念ではありますが、仕方のないことです。

 ミステリ研究が今よりも学問として認められたら、お金にはならなくても出すという学術系の出版社さんが出てくるのでしょうか。近年の新自由主義的な、「お金」という意味での経済偏重の流れを鑑みると、どうも実益に与する事の少ない学問全体がないがしろにされ、今のところ、ミステリ学なるものがカテゴリとしては一般的ではないことからすると、そういうことにはならなさそうです。


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