フランス産

「赤い絹の肩掛け」の最後にフランスのミステリについて少し語っておきたいと思います。

 一言であらわせば、フランス産ミステリは「どこか変」。

 これは私の勝手なイメージなのですが、フランスには、ややクローズドであるがゆえに独特で高度な文化が発展する土壌があるように思います。この印象を形成しているのは、やはりちょっと毛色の変わったフレンチミステリの影響です。

 いくつか代表的な作者名を挙げるなら、フレッド・カサック、セバスチアン・ジャプリゾ、カトリーヌ・アルレーといった面々でしょうか。

 ミステリ関連の研究書などでリュパンシリーズをフレンチミステリとして語っているものは少ないようですが、ルブランはフランス人です。

 シリーズの最初の作品のタイトルを思い出してみてください。そう、「リュパンの逮捕」でした。

 いきなりシリーズの主人公が逮捕されているところから始まるのです。通常のミステリが犯人の逮捕に向かって進み、逮捕によって一つのエンディングを迎える、多くの場合は謎解きがなされるだけで作中では逮捕は描かれない(描く必要がない。なぜならば逮捕よりも推理による犯人の特定が主眼だから)のとは正反対です。あべこべでひっくり返っています。

 逮捕されているところから始まる。定型を踏み外しています。変です。

 リュパンという主人公の設定そのものにフレンチミステリの奇妙さがあります。推理を披露し、頭脳明晰なところを見せますが、リュパンは探偵ではありません。怪盗なのです。

 怪盗という言葉の飾りをはぎ取ってしまえば、泥棒、となります。つまり、犯罪者です。

 探偵に捕まえられる側、警察に追われる側、一般的なミステリを「正義が悪を打ち砕く」物語とすれば、リュパンは正義に「~られる」ほうに属します。だから、リュパンは「逃げる」わけで、逃げるという行為に冒険が生じます。ときに「逃げる」わけにはいかない局面が生じ、これが冒険譚をより深いものにします。

 技巧的に高度なことをやってのけているわけです。

 リュパンシリーズと同様、フランスミステリとしての文脈で語られることの少ないある密室ものの作品でも、従来の密室とは異なる高度なことをやっています。古い作品なので今の読者からすれば「あれが高度なのか」と首を傾げるところでしょうが、非常に技巧的な仕掛けだったはずです。




※※※※以下、フランスミステリのいくつかの作品の共通点を挙げます。具体的に作品名は挙げませんし、作品の仕掛けや真相についてのヒントとなる危険性が高いわけでもありませんが、お読みになるかたは、その点をふまえた上でお楽しみください。※※※※





 非常に大ざっぱにくくると、フレンチミステリの一つの特色は「単純な犯人当てではない」ということです。




※※※注意喚起の必要な記述はここまで※※※



 警告した部分をお読みになったかたは、なにもそんな気にすることはないじゃないか、と思われたかもしれませんが、念のため。

 次回から、倒叙ミステリの歴史を語るうえで欠かせない作品にうつります。



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