チェスタトンの森では見えない

 今回はチェスタトンの「奇妙な足音」です。たぶんですが、世界推理短編傑作集の収録作品のなかで、読んだことのあるミステリーファンの数が一番多いのではないでしょうか。いやいや、ダントツでポーの「盗まれた手紙」だろう、とご指摘を受けそうですが、「盗まれた手紙」は子ども向け翻訳で読んだきりで、完全な形で読んだことのあるかたは案外、少ない気がします。

 さて、「奇妙な足音」は何度も読んでいる作品ですが、チェスタトンの短編集で読むとどうしてもトリックが弱いように感じてしまいます。他の作品と並べてしまうと「地味な変化球」の印象を受けます。乱歩含め、たくさんのかたが指摘していますが、チェスタトンは稀代のトリックメーカー。「奇妙な足音」のトリックは実にチェスタトンらしく、ゆえに代表作とも言われるわけです。

 他の作家と並べられたときに「奇妙な足音」のトリックだけではない部分の輝きに気づかされました。

 まずは舞台設定の巧みさです。物語のメッセージに関わる部分だけでなく、足音に注意が向く環境、足音だけで謎を解かねばならない状況にするために「小部屋に探偵役がいる」設定を用意しています。小部屋の細かい設定や、そこに探偵役のブラウン神父がいる背景にも、実にチェスタトンらしい人の悪さみたいなものが漂っていてニヤリとさせられます。

 なにより足音の謎の絵解きの面白さもさることながら、足音の謎そのものが怪しく魅力的です。「奇妙な足音」に最初に触れたのは子ども向けの翻訳だったのですが、不思議な足音に気づいて神父が謎を取り出すあたりの薄気味悪さみたいなものは、さすがに子ども向け翻訳では充分に味わえていなかったです。

 チェスタトンの森のなかでは「奇妙な足音」という木の葉の美しさにきちんと気づけなかったですし、既に読んでいる作品をアンソロジーで読み返す愉しさはこんなところにもあるのだ、と発見がありました。

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