雨の結婚式

椎名ロビン

雨の結婚式


沢山の嘘を重ねた。


『転勤して、住所変わっちゃってた』

『ラインも、引き継ぎ失敗してさ』


全部嘘。

本当は貴女から逃げただけ。

変わらない距離と、どうにもならない現実から、目をそむけ続けていただけ。


『結婚したんだね、知らなかった。おめでとう、羨ましいなァ』


全部嘘。結婚を知らなかったことも嘘。

Twitter、ずっと見てるから、結婚のことは知ってたよ。

引っ越したのもラインを消したのも、それがキッカケだったから。


全部嘘。おめでとうなんて言葉も嘘。

ちっともおめでたくなんかない。

貴女の花嫁姿なんて見たくないから逃げ回ったというのに。


全部嘘。でも、羨ましいの言葉は、半分だけ本当のこと。

高収入の男を捕まえたことも、相手が爽やかイケメンなことも、優しくていい人なことも、羨ましいなんて思わない。

ただ、貴女を手に入れたその男が、憎くて妬ましかった。


『えへへ、ありがと! 結婚式、絶対来てよ~。親友が来ないと寂しいじゃん』


沢山の嘘を重ねた。全部嘘だった。

貴女に向けた友達ヅラも、出てくる言葉も、この関係も、全部嘘。

重ねたいのは体であったはずなのに、代わりに重ねた嘘があまりに重たくて、どうにもならなくなってしまった。


「……酷い話よね。私がどれだけ好きだったかも知らないで」


大義名分を掲げて、先手を打って音信不通になろうとしたのに。

親友の座を守りながら、名字の変わった貴女から目を背け、思い出だけを抱えて生きていこうとしたのに。

私と違って豊富な人脈を持つ貴女は、共通の知り合いを経由し、逃げ場を奪いにやってきた。

逃さないぞと首根っこを引っ掴み、しがみつき続けていた”親友”というポジションを盾に、現実と無理矢理向き合わせようとする。

無自覚に無慈悲。天使のような顔をした悪魔とは、まさにこのことだろう。


「……このまま、永遠に降り続ければいいのに」


窓の外は、洪水のような雨。

風もびゅうびゅうと吹いている。

こんな豪雨では、教会を出てフラワーシャワーを浴びることは困難だろう。

思い出にだって、雨のことばかり残るはずだ。


「嗚呼、でも、止んじゃうかな。神様に愛されてるのは、私じゃあないものね」


自嘲気味に笑みを浮かべ、スマートフォンを眺める。

長々と文章の書かれた未送信メールへ再度目を通した。

要約すると、『豪雨のせいで電車が止まって結婚式に行けません』だ。

あとワンプッシュで送信できる状態になっている。

このまま降り続けてくれれば、重ねる嘘が一つ減ってくれるのだが、こういう時に望み通りになったことなど殆どない。


「……てるてるぼうず、てるぼうず。あーした天気にしておくれ」


結婚式のことを、心待ちにしていた貴女のことだ。

きっと今頃、そんな歌を口ずさんでいるのだろう。

そして横にはあの男がいて、二重奏を奏でた後で、ちょっぴり照れ臭そうに笑い合ったりするのだ。

実に幸せで微笑ましいカップルだと言えるだろう。

それを見せつけられるこちらは微笑みからは程遠い傷を心に負うし、不幸のどん底になるのだが。


「……私がこの雨を止ませたら、私のこと、好きになってくれるかな」


沢山の嘘を重ねた。だけど、一度も気付かれたことはなかった。

取り繕った上辺だけを見て、貴女は私を親友だなんて呼んでいた。

だけどきっと、雨を止ませたなんて言っても、本気にしてはもらえないだろう。


「てるてるぼうず、てるぼうず」


用意していたロープを撫でる。

貴女のためにてるてる坊主になったら、貴女はどんな顔をするかな。

その表情を見たいような気もするし、胸が痛くなるので見たくない気もする。

もっとも、実行すれば、顔など見ようもないのだけれど。


「……あしたは天気に、しないでね」


どうせ今てるてる坊主になったとしても、神様は願いを聞いてなんかくれないだろう。

嘘と卑怯は慣れっこだ、晴れてしまったらその時てるてる坊主になればいい。


「幸せな結婚式になんて、させたくないからさ……」


嗚呼、でも、雨が止まず、電車も止まってなかった場合はどうしようかな。

そんなことを考えながら、明日に備えて、ロープの設置作業へと移ることにした。

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雨の結婚式 椎名ロビン @417robin

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