5ー5 ■■■■■
────何で、そうなるんだよ……ッ!アイツらがッ、勝手なことばかり言っているのに……ッ!お前はッ、何も悪くなんかないのに……ッ!それなのにッ、どうしてお前ばっかり辛い目に遭わされてッ、挙げ句の果てに自分から死ななきゃならないんだよ……ッ!?そんなのッ、絶対にオカシイだろ……ッ!
────オカシイことなんて、何もないわ。きっと、この『傷』が刻まれた時点で、そうなることは決まっていたの。それに、この痛みや、辛さを、他の人に押し付けるくらいなら……私が一人で全部を背負って、そのまま消えて亡くなった方がいい。
────なん、で……なんで、なんで、なんでなんだ……ッ!?なんで、そんな風に言えるんだよ……ッ!分からないだろ……ッ!まだ、何か方法があるかも知れないだろ……ッ!
────それを探るだけの力も時間も、私には無いもの。権利も力も無い子供で……自分一人でマトモに歩くことも出来ない……誰も味方も居ない……外を出歩くだけで周りを危険に晒す……そんな私が、どうやってその方法を探ればいいの?
────そ、れ……は……ッ。
────だから、ね?どうかあなたにも、私のことは忘れて欲しいの。私は近い内に、誰にも迷惑が掛からない場所で勝手に死ぬわ。そんな、私の独りよがりな行動に、あなたを巻き込みたくない。あなたには、あなただけの人生を、私の分まで生きて欲しいから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
両手と三本の尾。
各々が握る五本の槍を巧みに振り回し、台樹の非人を確実に追い詰めていく。
対して彼は台樹の力や身体能力を駆使して、何とかその連撃を凌いでいた。そこは流石の非人と言うべきか、あと一歩のところを攻め切らせてくれない。
だが……諦める訳にはいかない……ここで、負ける訳にはいかないのだ。
このロオトの村落で、全てが変わった
「ようやくだ……死に物狂いで、色んなもの乗り越えて、やっと、やっとの思いで……ようやく、ここまで辿り着いた……」
「……!」
恐らく、一度反撃に出られたら、痛手を負うのは私の方になる。
こちらも、隙あらば[樹根]で尾を縛り上げられたり、拳のカウンターを受けたりと、気を抜いている暇は一切与えられない。
それらを次々と跳ね除け、身を躱し……攻めて、攻めて、攻めて、滲み出る汗が蒸発する位にまで攻め続けて……そして。
「それを……ほんの少し前に別世界からやって来たような、ただの部外者が……ただ搾取されるだけの存在が…………一丁前にッ、
「ぐッ、ぁ……ッ!?」
遂に、その時は訪れた。
体力が限界に達したのか、ガクンと膝が落ちた瞬間を狙って……五本の槍、全てを振り下ろす。
五つの切っ先は非人の顔面を五度切り裂くと、内側から『オド』の力で、その上半身を……。
────木っ端微塵に、吹き飛ばした。
これで、二度目……二度、殺した。
視線の先には、下半身だけでヨタヨタと哀れにフラつく非人の姿。消滅する気配が無いということは、まだ充分に剥離してはいないのだろう。
その証拠に、彼の身体に塵が集まり、また形を取り戻しつつある。
だが、先程よりも回復のスピードが格段に遅い。
恐らく……もう非人で居られるまでの限界は、目の前にまで迫っている筈だ。
「はぁ、はぁ……待つ理由は無い。お前が元に戻るより前に、もう一度破壊する。それで……私の勝ちだ」
回復してしまえば、苦戦は必至だろう。故に、可哀想だと思わなければ、卑怯だとも思わない。ここで、確実に息の根を止める。
私は、右手の槍を逆手に握り、未だ元の体躯にすら戻っていない非人を目掛けて、それを振り下ろそうとした。
その時。
「────キハッ、■■■■■」
「!」
まるで脳を直接揺さぶるような薄気味悪い笑い声が一つと、何や不気味と聞き取ることが出来ない単語が、耳を突く。
瞬間、私は思わず攻撃の手を止め、目を大きく見開いて『そいつ』を見下ろした。
視線の先には、少しずつ上半身が戻っていく非人の姿。
ただ、それは────
あの華々しいまでの長髪は、黒と灰の色合いで染まり……若々しかった顔つきは、火で炙られたかのように爛れ、やせ細っている。何より、あまりにも痛々しい見た目にも関わらず、口角は異常な程に吊り上がり、目元は泥のように緩んで……見ているだけで鳥肌が立つ、おどろおどろしい笑みを浮かべているのだ。
その姿は、まるで……『枯樹』。
幾何万年という月日が経った世界で、枝花を散らし尽くしながらも孤独に佇まい続ける、枯れた樹のようだった。
「……なるほど、な……ユニスト協界で、お前と対峙した時から……ずっと、引っ掛かっていた。そうか、お前は────
私は、驚愕と若干の恐怖心を覚えて立ち尽くしていたが……自分でも驚くくらいに、冷静だった。
得体の知れない化け物ではあるが、この気配には……
────シーナに『傷』を刻んだ、
だとしたら、私がやるべきことは一つだけ……たった一つしかない。
「ずっと、この時を待っていた────お前を、この手でぶっ殺す……この時をッ!!」
「キャヒハハッッ!!」
心の奥底から沸々と沸き上がる感情を抑え切れない私は、五つの槍を振るって、『枯樹』へと襲い掛かった。
すると、枯樹は今一度恐ろしい笑い声を上げ、仰々しい動きで今にも朽ち落ちそうな自身の腕を振り返してくる。
それと槍の切っ先が衝突した瞬間。
何かがへし折られるような鈍い音と共に────私の持つ槍の刃が、ひび割れてしまった。
(な、に……!?)
この槍は『オド』で形作られた物質であり、物理的質量を持たない。つまり、外部から物理的な衝撃を受けたとしても、損傷することは決して有り得ない筈だ。
一瞬、頭の中で疑惑と動揺が渦巻くも……狂ったように暴れ回る枯樹は、周囲に居る朽ちた村人たちを無差別に巻き込みながら、攻撃の応酬を繰り返す。
まるで、人を殺すことを愉しんでいるかのように。
「キハー……ッ?キハッ!キヒャヒヒヒィィッ!!」
「こいつ……ッ」
枯樹がその手に握って振るっているのは、一本の刀。ただ、戦闘に使うにしては、その刃は刃こぼれと錆びれ具合がとにかく酷かった。
何か硬いものにぶつければ簡単に折れてしまいそうだが……少なくとも
そんなことを思考しながら、一撃、ニ撃、三撃、と幾度も刃を打ち合わせる内に……こちらの槍は、殆ど使い物にならなくなっていた。
だが……。
「……その程度で、勝ったつもりか?」
「キャビャッ!?」
私は両手の槍をその場に投げ捨て、拳を握り、無駄な動きが多い枯樹の顔面を……力の限り、殴り付ける。
瞬間、『オド』の影響が薄いと察知し、即座にもう一撃。
自身の手が血に滲み、指の関節が衝撃で変型しようとも……拳、脚、尾、全ての体術を駆使して、何度も、何度も、何度も……力の限り、枯樹の薄気味悪い顔面を滅多打ちにし続けた。
「それがッお前の望みかッ、台樹の非人ッ!」
「ギギャッ!?」
「不死身の力もッ、非人の力もッ、お前にはッ恵まれた以上の力があるッ!それでもッ足りないかッ!?」
「ヒビャッ!?」
「世界を危機に晒してッ、人々の死を嘲笑ってッ、お前はッそうまでしてッ、この世界を手に入れたいのかッ!?」
「ギャッヒッ!?」
「
「ギ……ッッ!?」
渾身の力を振り絞り枯樹を殴り飛ばすと……枯樹の身体が、かなり脆くなったのを感じた。
次だ。あと一発、『オド』がマトモに入れば……今度こそ、確実に仕留められる。
「ハァッ!ハァッ!終わりだッ、これでっ、今度こそッ、今度こそッ、絶対にッ、絶対にッ、絶対にッッ!!」
「ギギッ、ギギギギギギギィ……」
覚束ない足取りで体勢を整えようとする枯樹を前に、再び、両手と三本の尾に五つの槍を顕現。
それを、血の滲んだ右手に、一つの槍として収束させていく。
────〘真器・
「────終わらせてやる」
「ギャッバハァァァァアアァァァッ!!」
負けじと、朽ちた刀を振り被りながら迫り来る枯樹。
体力も残り少ない以上、これが正真正銘、最後の一撃。頼れるのは、己の身体一つ。反応は、若干、枯樹の方が速い。
その僅かな差を埋められぬまま、迫る、迫る、迫る、迫る、迫ると…………。
そして……僅かに前へと出た私は、枯樹よりも、ほんの少しばかり速く〘特異鋒〙を突き出し────その朽ちた身体を貫き、今度こそ、木っ端微塵に粉砕させた。
(────とっ…………た……ッ……今度ッ、こそ…………)
遂に、やった。
『あの時』、越えられなかった壁を……遂に、私自身の手で、ぶち破ってやった。
終わりを確信して、全身から一気に力が抜けていくのを感じる。
視界が霞み、上体が前に倒れそうになったところで……。
────ふと、違和感を覚えた。
確かに、枯樹は目の前で木っ端微塵に破壊した。
それは間違いないが……その瞬間の感触は、何かが……少しばかり、
「────名誉も、地位も、不死身の力も、俺は何も要らない」
「なッ……に……ッ!?」
その、疲れで掠れたような声は、私の鼓膜を打ち揺らし、ドクンッと心臓に途轍もない衝撃を与えた。
有り得ない……。
そんな、まさか、こんな崖っぷちも同然な無い土壇場で……こんなことを実行するだなんて……。
だが。
既に、声の主は、私を通り抜けて後方へと走り出している。
辛うじて、肩越しにその走る後ろ姿を目の当たりにした瞬間に、理解した────
「シーナを助ける為なら────俺は……俺の、全部を捧げてやる……ッ!!」
台樹の非人……ツムギ、だ。
何が起こっているのかは理解出来ないが……今、彼はシーナが入っている家宅の結界に手を掛けた。
そこまで認識すると、あとは無我夢中だった。
痛みも、苦しみも、疲れも忘れ、身体の感覚も無いままその場で反転。残りの力を全て使い、薄れ行く意識の中で倒れざまに、彼の無防備な背中を狙って思い切り〘特異鋒〙を投擲した。
「────逃すッッかァァァァァァッッ!!」
〘特異鋒〙は、ツムギの背中へ向かって飛翔。
そのままいけば、確実に当たる……そこまで確信したところで、遂に、限界が訪れる。
鋭鋒がツムギに当たるか否か、その寸前で……私の意識はグルリと一回転して、視界が真っ白に染め上がったのだった。
……。
…………。
………………。
恐らく、そこからほんの数秒後。
槍が地面に落ちる音で、私は不意に意識を取り戻した。
槍の周辺に、非人の死体は転がっていない。つまり、仕留め損ねた……ということなのだろう。
「………………く、そ…………ッ」
戦いには、勝った。
しかし、しかし…………勝負には、負けてしまった。
緊張感が一気に抜けたせいか、全身を蝕む痛みが蘇ってきて、立っているのもやっとだ。それでも倒れるのだけは辛うじて堪え、膝に手を付きながら、荒い呼吸を繰り返していると……。
「…………ぁ……」
ポツポツと、小さな雫が零れ落ちてくる。
きっと、認めたくなかったのかも知れない……オリスト第三皇女として、この領域の皇座にいる者が……。
────自分の為に、涙を流す、なんてことは……。
最後に霞む視界の中で見えた、非人の背中。
弱々しくも、しっかりと大地を踏みしめて立っていた彼の背中には……人々の拠り所となる、大樹の姿があった。
決してあってはならないことだが……私は、その大きな背中に……ほんの僅かにも、小さな小さな希望を感じてしまったのかも知れない。
だから……だから……。
「……………………頼む、台樹の非人…………シーナを────
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