5ー4 神狩りの皇
一つ、忠告しておくぞ、ツムギ。
オマエの非人としての力は、あくまで借り物。今は一体になっているとはいえ、力自体は別物だ。
第三皇女が持つ[オド]は、事象をも破壊する特性を持っている。
それをマトモに喰らい続けたら、オマエと非人の力は、一体としての形を保てなくなり……いずれ、剥離してしまうだろう。
そうだな……精々────あと三回ってところだ。
あと三回、『オド』を喰らえば、オマエから非人の力は消え去り、不死身ですらなくなる。
いいか、あと三回だぞ?
その瞬間、オマエの敗北……いいや、死は免れないと思え。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「────ごッ、は……ッ!?」
強烈な衝撃を一発だけ顔面に受け、凄まじい激痛が走ったと思ったら……。
────
『オド』の破壊力を乗せた拳骨……とても、あの華奢な腕で殴られたとは思えない位の威力だ。屈強な男に殴られてもビクともしない台樹を、たった一発で粉砕しておいて……第三皇女は、恐ろしいまでに冷静な様子で俺を分析していた。
「ふむ……
「……っ」
察しの通り、俺が上体を起こせば、粉砕して塵となった顔面は元の形に戻っていく。
当然だが、わざと攻撃を受けたつもりは無い。
気付けば、衝撃を受けていて、第三皇女が拳を突き出して……それを見て、初めて攻撃を受けたと気付いたのた。
恐らく、これが第三皇女の持っているという白魔法……[時魔法]。それを利用して、
「前の時とは、若干感触が違うな……少し、脆くなったか?それとも、不死身の非人とはいえ……限界点でもあるのか?」
(こいつ……ッ)
[時の操作]、[オド]、加えてこの『洞察力』……本当に、厄介な皇女様だ。
どちらにせよ、これで猶予は残り二回。
このまま呆けていては、また[時の白魔法]を使われて同じ展開に陥りかねない。
そう判断した俺は、即座に、第三皇女から距離を取る為に後ろへ跳ぼうとするが……。
「【孤独の囚われ人。しかしながら、それは世の真理を担う】────[停止世界]」
人も、動物も、空気も、異形の存在や非人でさえも……
また、その間に停止した空間で何が起ころうと、停止した者はそれを認識することは出来ない。
要は、無敵の力だ。
現在まで、これが破られたことは無いに等しい。
「気前が変わったと思ったが……所詮、見掛け倒しだったか」
目の前には、引きつった顔を浮かべて停止する台樹の非人の姿がある。
時間停止は自覚しているようだが、結局のところ、この空間では何も出来やしない。しかし、惨めなモノだ。意気揚々と出てきておいて、このまま何も出来ずに終わってしまうのだから。
「ガッカリだよ、台樹の非人。お前のような雑魚の為に、あまり無駄な時間を使わせるな」
私の手が非人の顔面に触れた瞬間、[オド]を発動させ、次は全身を木っ端微塵にしてやるつもりだ。
それで終わる。
彼のあまりの呆気なさにある意味で落胆しつつ、ゆっくりと手を伸ばす。その指先が、彼の頬に触れ掛けた……次の瞬間。
「────それは大丈夫、かな」
「……ッ!」
何処か息遣いの荒い声と共に、突如、私の伸ばした腕の手首を鷲掴みにされた。
あまりにも突然の出来事に、思わず言葉を失う。
まさか、
「心配しなくても、ガッカリなんてさせないし……この瞬間を、無駄にさせるつもりなんて微塵にも……無いッ!」
彼は私の手首を強く握り締めながら、少しばかり頭を引く。
そして、思い切り歯を噛み締めると……その顔が、一気に急接近。
直後、額に体が仰け反る程の強烈な衝撃が走り、視界が真っ白になった。
……。
…………。
………………。
警戒しろとか言われても、第三皇女は《時属性》の白魔法を有している。それを多用されてしまったら、幾ら台樹の力が強力とはいえ、手も足も出ないではないか。
そんな不安しかなかった問い掛けに、台海のエァヨセはこう答える。
「そこはオマエ、あれだ、『勘』でなんとかしろ」
「かっ、『勘』……?あの、お父さん、遂にボケました?」
「ボケてねぇしお父さん言うなっ!いいか?『非人の第六感』ってのは、人間のそれとは感性が全然違ぇ。感じんのは、事象の流れってやつだ」
「事象……?」
「あぁ。オマエがその気になりゃぁ、風の始まりから行方まで、草木の寿命、天候の変化……この世のありとあらゆる事象を直感的に感じ取ることが出来るだろうよ。それこそ、
「……!お父さんっ!今すぐそのやり方を教えて!」
「は?知らねっ」
「何でっ!?」
「あのなぁ、ワレは非人である前に、ワレ自身が事象そのものなんだぞ?自然の流れに調和する存在が、どうして他の事象を気に掛けなきゃならねぇ?」
「マジか……じゃあ、ぶっつけ本番でやるしかないってこと……?」
「かかっ!まぁそう深刻になるな、ツムギ」
「他人事だと思って呑気な……」
「いいか?力ってのは、最初からオマエの中にあるもんなんだよ。そんあとに重要なのは────オマエがオマエ自身を信じてやることだけだろーが」
「……!」
結局、エァヨセから具体的な対策を聞き出すことは出来なかった。代わりに拾い上げたのは、ほんの少しばかりの朧気な可能性。
正直のところ、これまでの経験から考えても……勝算は、かなり薄いように感じる。
だが、あの怪物に……オリスト第三皇女に勝つには、例え些細なことでも、一つ一つを確実に掴み、活路を見出していくしか他に方法は無い。
………………。
…………。
……。
(────
『事象』というのは、自然的に決定された方へと流れ続けている。[白魔法]は、そうした事象の流れを無理矢理変える力だ。つまり、そうして無理矢理変えられた事象には、必然的に“不自然な流れ”が生じる、ということになる。
当然、その流れは人間や生物が正確に捉えられるモノではない。
だが、非人ならば……
俺は、第三皇女が起こした不自然な流れを無理に察知するのではなく────その事象的流れに、敢えて
その結果、第三皇女だけが介入していた不自然な流れに漂着し、彼女と同じように、時が止まった空間を認識することが出来たのだ。
(思いの外、すんなり出来たのは……もしかして、この力の持ち主が優れているお蔭、なのかな……?)
気に掛かることはあるが……どちらにせよ、これで自身に掛けられる[時の白魔法]は無効化したも同然だ。少なくともここから先は、時を止められて不意打ちを受けるなんてことは無いと断言できる。
だが、肝心の[オド]と第三皇女の脅威的な身体能力がある以上、未だに油断が出来ない状況であることに変わりはない。
視線を前に移して見れば……そこには、俺の渾身の頭突きを喰らった筈の第三皇女が、微かに額から血を流しながらも平然とした様子で立っていた。
直撃の瞬間、どうも当たりが弱い感じがしていたが……まさか、あの土壇場で、上体を反らすなりして衝撃を弱めていたとでもいうのだろうか……。
「……どいつもこいつも、弱い奴や役立たずはさっさと逝っちまうな……」
彼女が空を仰ぎながら何気なく放った言葉に、俺はハッとして、
そこで、初めて気付いた……先程まで、“そこ”にあった筈の気配が、いくつも無くなっていることに。
「……まさか……イオ……?キュロロと、フィリまで……?」
「私の従者も、な。本当なら、今頃お前の足止めに努めている筈だったが。それすらも出来ずに、勝手に逝くとは……役立たずにも程がある」
「そんな言い方……!あなたには、自分の従者に対する人情ってものはないのか……!?」
「今、このペデスタルが抱えている危機と比べたら、人情なんぞ何の価値も無い」
「第三皇女……ッ」
第三皇女とロラントの関係について詳しい訳ではないが……それでも、ここまで付いて来てくれた従者に対して、どうしてそんなにも冷たい言い方が出来るのだろうか。
同情のつもりは無くとも、個人的な怒りを覚えて彼女を睨み付ける。
すると、彼女はストンと視線を落とし、小さく頭を振りながら何かを小声で呟き始めた。
「…………速過ぎだ」
「え……?」
「……せめて、世界が消滅するまで生きていれば、余計なモノを残しておかずに済んだだろうが……あの、馬鹿が……」
何を呟いたのか、全て聞き取ることは出来なかったが……少なくともその一瞬の姿にだけは、僅かな哀愁が漂っているようにも見えた。
「ペデスタルは、『傷』と共に消滅しなければならない。私は、その主張を覆すつもりはないし、その為の犠牲ならば幾らでも払うつもりでいる…………だが」
そこで、第三皇女は視線を上げて、俺の姿をその鋭い瞳で捉えると……親指で額の血を拭い去りながら、やたらと低い声でこう言い放った。
「……身内を殺されてヘラヘラしていられるほど────私は、人間が出来てはいない」
「……!」
次の瞬間、まるで第三皇女の感情に呼応するかのように……その全身から、黒い稲妻が迸る。
それが、予兆だった。
彼女の身体は黒い稲妻を放出しながら、少しずつその形を変えていく。
上半身は歪曲して前のめりに、両腕が脚のようにしなやかに発達して地面を踏み締め、髪は逆立ち、臀部からは三本の尻尾らしきモノが生えてくる……その姿はまるで、一匹の獰猛な『獣』だ。
「[黒魔法・
瞬間、背筋が凍り付いた。
これほどまでにドス黒い怒りの感情が、この世にはあったのか。そう思ってしまう程に、静かに鋭く、それでも炎のようにハッキリと……
その圧倒的な覇気に圧され、思わず悲鳴が漏れ出そうになるが……怖れている暇すら許されなかった。
皇女らしからぬ暴言を吐き捨てた第三皇女の両手に、突如として顕現したのは、二本の半透明な槍。
彼女はそれらを軽く後ろに引くと……。
「────ッ!!」
獣らしい超低空姿勢で、地面を抉る勢いで蹴り上げ────一気に突っ込んで来た。
風を切って迫り来るのは、槍の切っ先。
確かに凄まじい勢いと速度ではあるが……見切れない程のことではない。
まずは落ち着いて、目の前にまで迫った槍の柄を掴もうとして……。
「ぅッ、お……ッ!?」
「……チッ」
寸前に、慌てて手を引っ込めて、それを
今、槍を掴もうとした寸前、地面から跳ね返った小石が槍の刃に当たり、跡形もなく粉砕するのを辛うじて目撃してしまった。
あれは、十中八九[オド]の影響だろう。
そもそも、何故、槍が半透明になっているのか疑問だったのだが……それを見た瞬間に、直感した。
あの槍は────[オド]で作られている。
半透明な見た目なのは、それが物質でなく、[オド]としての概念だけで構成されている証拠だ。即ち、あの槍は『オドそのもの』。恐らく、触れただけで、破壊の力が自動的に発動する仕組みになっているに違いない。
(つまり……今、一瞬でも槍に触れていたら……
要は、触れることはおろか、防ぐことすら出来ない……という訳だ。何らかの形で、その槍に接触した時点でオドが発動し、俺の身体は木っ端微塵になってしまうだろう。
そんな代物が、両手と三本の尻に握られていて────計五本。
こちらの猶予は、あとたったの二回。
加えて、獣の脚力に対抗し、[時の白魔法]に飲まれないように集中を続けなければならないなんて…………まるで、第三皇女を三人相手にしているかのようで、最早、絶望以外の何物でもない。
こんな常軌を逸した化け物を相手に……一体、どうやって勝てば良いというのだろうか。
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