4ー7 深みの決戦



「……ったく、勝手なことばっかりしやがって……」


 らしくないことだったのかも知れない。

 人々から恐れ敬られている『三元域』の一角が、あろうことか、元人間を気に掛けてしまうだなんて。

 しかも、この台海の忠告も聞かず、さっさと出ていってしまったものだから……その行為は、罰当たりにも程がある。


(ありがとう、お父さん……シーナと第三皇女の話を聞いて、決心がついたよ。俺は────やっぱり、行かなくちゃ。こんな結末は、絶対におかしいって……そう思うから)


 きっと、打開策なんて何も無ければ、勝算すら低いことも予め理解していた筈だ。

 だが、ツムギは登って行った。

 一時の感情に全てを任せて、自分の身すら危うい戦いへと、無謀にも挑んでいったのだ。

 愚かも愚か。どこまでも人間らしい、泥まみれな心情は、どんな時代においても理解に苦しむ。


「どいつもこいつも、てんで言うことを聞きやがらねぇな、ホンットによぉ……ハッ────愛してんぜ、ツムギ」


 だが、それがイイ。

 そういうところが、大好きなのだ。

 ツムギにおいても、彼の前・・・の台樹も、同じだった。どこまでも勝手で、親でもあり、神々でもあるワレの言うことを聞きやしない。

 そして、そんな自分勝手で利己的な生き方こそが、遥か遥か長い歴史の中で、ワレら『三元域』ですら予測がつかない未来を切り開いてきたことも、ワレは知っている。

 だから、偉そうにふんぞり返って、せめて『父なる海』として全てを見届けてやるとしよう────『やれるものならやってみやがれ』、と。





─※─※─※─※─※─※─※─※─※─





 『深み』に降り立った瞬間から、シーナの持つネックレスの気配をハッキリと感じるようになった為、彼女の居場所に辿り着くのは難しい話ではなかった。

 それを気配を追って走り、辿り着いた村落の外れに……第三皇女は、立っていた。

 一方の第三皇女は驚く程に平然とした様子で、圧のある瞳を俺へと向けてくる。


「……まさか、ここまで追ってくるとはな」

「シーナは、何処にいる?」


 第三皇女がそっぽを向きながら半身になると、その背後に、シーナは居た。

 建物の壁に背を預ける形で腰掛け、まるで人形のように両手両足を投げ出しながら、力無く項垂れている。目を凝らせば、若干肩を上下させているのが分かる為、死んでいる訳ではなさそうだ。

 少しばかり安心したが……依然として、ツラそうであることに変わりはない。


「見ろ、この村落の惨状を。建物や草木は腐り果て、空気は毒素のように淀み、人までもが……変わり果てた姿となって、死ぬことすら出来ず、もがき苦しみ続けている」


 両手を広げながら語る第三皇女に倣い、俺も改めて横目で辺りを見渡してみれば……その惨状ぶりに、思わず顔をしかめる。

 今でこそ非人の頑丈な身体であることが幸いしているが、それが無かったら、恐らくこの村落に足を踏み入れた瞬間に正気を失っていたかも知れない……それほどに、この村落の光景は狂って見えた。


「もしかして、ここが……」

「────『ロオトの村落』……『傷』の被害に見舞われた最初の地であり、シーナの故郷だ」

「ここが……シーナの故郷……?」

「まさに、滅亡した地・・・・・というに相応しい風貌だろう。そして今、この地で起こった『滅亡』が、ペデスタル全域で巻き起ころうとしている。全ての者たちが、生きながらにして永遠の苦しみを味わい続ける、生き地獄がな」

「だから、壊そうとしているんだね。ペデスタルの人々が、『傷』に苛まれることが無いように……」


 確かに、ペデスタル全域がこのロオトの村落と同じ惨状になってしまったとしたら……それは最早、人の世界ではない。

 生きとし生ける者たちが永遠に苦しむ、地獄そのまのと化してしまう。

 永遠の苦しみと刹那の死……その両方を天秤にかけるとしたら、人々はどちらを望むのか。

 当事者たちでも簡単に決めることが出来ない選択肢を、第三皇女は、彼らの先導者としてハッキリと決定付けたのだ。無闇に先延ばしにした結果、取り返しのつかないことになるのを防ぐ為に。 


「だが、お前はそれを止めに来たのだろう?この、災厄を撒き散らすしか能が無い害悪を、救いに来たのだろう?」

「……!」


 そこで、第三皇女の視線がシーナの元に下ろされると……彼女の後ろ襟を掴んで、無理矢理その場に立たせた。

 身体を起こされたシーナは、操り人形のように関節部をブラつかせながら、苦しそうに歪んだ顔を上げる。


「…………ゴッ、ホ……ッ!ツ……ム、ギ……?」

「ならば────こちらも、覚悟を決めなくては・・・・・・・・・な」


 シーナを掴む反対の手が関節を鳴らしながら蠢いたと思った瞬間……その華奢な手が、素早く動く。

 その行き先は……。


 ────シーナの胸元。


 まるでナイフを突き立てたかのように、ズブリッと、指先から手首までが……シーナの胸元に深々とめり込んだ・・・・・のだ。


「あ……ッ!?ぎャッ、ァッッ、ぁぁッッ……!?」

「第三皇女……ッ!!」


 シーナの全身が一気に震え上がり、口から今にも消え入りそうな悲鳴が漏れる。

 瞬間、身体の奥底からとてつもなく熱い感情が込み上げ、反射的に第三皇女へと飛び掛かろうとするが……その寸前で、思い留まる。

 それを横目で見ていた第三皇女は、感心した様子で顔を上げた。


「……ほぉ、来ないか。感情に任せて突っ込んで来ると踏んでいたのだが……案外、冷静だな」

「……シーナを、離せ……ッ」

「心配するな。ここで殺すつもりはない」


 そう言うと、第三皇女はシーナから手を引っこ抜く。

 不可解なことに、あんな深々と突き刺さったにも関わらず、彼女の胸元には傷一つ付いていない。ただ、どれだけの苦痛を伴う羽目になったのか、彼女の顔は恐怖と絶望に染まり切っていた。


「ごほっ!げほっ!はぁッ、はぁッ……う、ぅぅぅ……ッ」

「シーナに何をした……?」

「今、コイツの時間の流れを速く・・した。本当なら、この身体が砕けるのは今から数時間後だったのだが……ふむ、この時の流れなら────もって二十分・・・ってところだな」

「二十分……!?」


 短過ぎるなんてものじゃない。

 ハッキリ言って、絶望的なタイムリミットだ。

 まだ、事態を解決させる根本的な方法すらハッキリしていないというのに……もはや、思考する時間すら与えないつもりか。


「言っておくが、これはお前のせいだぞ、台樹の非人」

「え……」

「不死身であるお前が存在していては、例え、シーナを殺そうが、ペデスタルを破壊しようが、何らかの形で介入をしてくる筈だ。ペデスタル消滅を成し遂げる為には、お前が……お前だけが障害になる」

「うッ、ぎァ……ッ!」


 そう言いながら、第三皇女は藻掻き苦しむシーナを、乱暴に背後の建物へと放り投げる。

 シーナが、背中から思い切り扉に激突し、中へと転がり込んでいくと……その家を丸ごと、『半透明のドーム』が包み込んだ。


「シーナ……!」

「だからこそ、シーナを人質にさせてもらった。こうなれば、私もお前も、この戦いから逃げることは出来なくなり、お互いを倒さざるを得なくなる」

「……ッ!」

「分かるか?シーナを苦しめているのは、お前がこの場に居るからだ。お前の存在自体と、その子供じみた理想が、シーナを必要以上に苦しめているということ……いい加減、理解したらどうだ?」




 

 ……。

 …………。

 ………………。





 建物の中に閉じ込められ、意識が朦朧としながらも、二人の会話は耳に入っていた。

 だから、壁に叩き付けられた衝撃で正気を取り戻した時、反射的に、全身の怠惰感を押し殺して立ち上がろうとしたが……やはり、身体を動かすことは出来ない。


「ちが、う……ちがうわ……苦しませて、いない……迷惑なんかじゃ、ないわ……だって、だって、わたしは……ッ…………わたし、は……ッ!」


 感情のままに、思わず叫びそうになった『言葉』が……寸前で詰まる。喉の奥でつっかえているかのように、出そう、出そうと、どれだけ頑張っても、どうしても出すことが出来ない。


「……ッ…………ぁッ……ぅ…………ぁ…………ッ」


 『傷』を刻まれてから、今まで……私たち・・・は、誰にも頼らずにやって来た。それを孤独だと思うことはなかった……何故なら、誰にも頼ることは・・・・・・・・出来なかった・・・・・・から。

 勿論、当初は誰かに頼ろうとしたことはある。

 しかし、誰もが『傷』の正体を知れば、それを恐れ、私のことを化け物扱いして突き放してしまう。

 それは、仕方のないことだ……そう分かっているからこそ、自分の力でやって来た。

 自分の力で戦い、自分だけで決着をつけようと、自分だけで全てを抱えて、ここまで生きてきた。それが当然のことだって……ずっと、ずっと、ずっと……思ってきたから。

 だから。

 言う・・ことが、出来ない……どうしても、言い方が分からない。


 ────『助けて』と、ただ一言だけの言葉が。


 今、第三皇女がツムギのことを精神的に追い詰め、この場から引き離そうとしている。

 そうなれば、|全て終わり・・・・・だ。

 私たちの望んだ通り・・・・・・・・・、ペデスタルの消滅が果たされる。

 だが。

 その中でも、ほん少しだけ……心の中で芽生えた一抹の感情が、必死に抵抗するのだ。


(待っ、て……お願、い……行かないで……いか、ないで……ツム、ギ……ッ)


 少しずつ朽ち始めていく手を一心に伸ばしながら、今にも事切れそうな呼吸を激しく乱しながら……心の中で必死に呼び掛ける。

 しかし、気が付けば、結界の外は静まり返っていた。

 もう、彼の存在を認識する術がなくて……私は、伸ばしていた手をダラリと下ろして、全てを察する────やっぱり、こうなってしまうんだ、と。

 この時点で、私の運命は決まった。

 いいや、それで良いんだ……だって、最初からそのつもりだったのだから。

 結局のところ、最期まで……私たち・・・は、孤独だったなぁ……そんなことを思いながら私の視界は、少しずつ、少しずつ、真っ黒に染まっていく。

 その時だった。


「────理想で終わらせるつもりはない」

「え……」


 声が、聞こえた。

 第三皇女のモノではない……『彼』が発した、一切の揺るぎもない声が。

 どうして、そんなことを言ってくれるのか……分からない。

 どうして、こんなにまで庇い立ててくれるのか……分からない。

 だけど、『彼』の声を耳にした瞬間、私の身体の中から熱いものが一気に込み上げてきて……。


「シーナも、ペデスタルも────『傷』の犠牲なんかにさせてたまるか」

「……ッ…………ツ、ム……ギ……」


 私はただただ、ボロボロと……大粒の涙を溢していた。





 ………………。

 ……………。

 ……。





 恐らく、転生前から換算しても、人生最大級の覚悟を持ってして……宣言した。

 直後。

 「吐きやがったな」と、まるで分かり切っていたと言わんばかりに、即座に第三皇女が反転。

 彼女の手には一本の『槍』が握られており、振り向き際にそれを手放すと……手慣れた動作で、槍の石突を足の甲で蹴っ飛ばす。


「【世界は、駆ける。人を置き去りに、永遠の彼方へと。ただ、泡沫のままに】────[加速世界]」


 その威力は、常軌を逸していた。

 足蹴の衝撃で飛来する槍は、まさに閃光のように、バチバチと大気を焼き斬りながら、恐ろしい速度で飛来してくる。


 だが、慌てる必要はない────見える・・・


 俺は上体を前に傾けて、槍の放射線上から身を外しながら、後ろに引いた右手に意識を集中。

 閃光の如く駆け抜ける槍を、右耳スレスレに感じながら、ボクシングのクロスカウンターを打つ感覚で……思いっ切り、右腕を前に突き出す。

 右掌から顕現し、放出されるのは[樹槍]。

 それは、大地を抉り変形させ、まるで蛇のように捻りを上げながら、第三皇女へと跳んでいく。

 しかし。

 結果は、あの時と同様。彼女が一度大きく目を見開くと、樹槍の切っ先は彼女の目の前でビタッと止まり、そのまま朽ちるように消失してしまった。


「あぁ、心配するな。この領域は、『深み』。そこで起きた事象は、私たち以外、現実として残ることはない。例え、山を吹き飛ばそうが、人を殺そうが、な」

「……」


 そこで、チラリと背後を見てみれば……槍の飛んでいった方向にあった一つの山が、丸々消し飛んでいたのだ。

 核兵器でも落としたかのような破壊力を目の当たりにして、思わず全身が震えを起こす。もし、あれを正面から受けていたら……全身が木っ端微塵になっていただろう。


「シーナの入った結界は……?」

「白魔法を用いた特別製だ。破れるものなら、破ってみるがいい」

「……なるほど、ね。つまり────もう、周りを気遣う必要はないって訳だ」


 あろうことか、戦いの舞台を整えたのは、第三皇女本人だった。

 ならば、甘んじよう。

 小細工、手加減、気遣い……そんなものは、何一つとして要らない。神と皇女が織り成す……正真正銘、力と力のぶつかり合い。

 このペデスタルに転生した時からここまで続いてしまった、長く苦しいまでの因縁……今こそ、本当の意味で、決着をつける時がやって来た。


「もう逃げも隠れもしない。俺は、俺の中にある全てを懸けて、今度こそ────あなたを哭かせてやる、オリスト第三皇女」

「やってみろ。もう二度と、私の前で敗北すら味わえないように、今度こそ────木っ端微塵に消し去ってくれる、台樹の非人」

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