4ー4 ヘブロスの暴威
時が過ぎ行く度に、小世界には地響きと共に無数の亀裂が広がり、『オド』の破壊は着々と進行していく。
その中で、力の無い人々は崩壊に巻き込まれないように右往左往と逃げ惑っていたが……ロラントは、それを遠目に眺めているだけだった。
「どこまで逃げようが、ペデスタル消滅は第三皇女様の定めた結末……それは最早、覆しようもない運命だ。あの方の死と共に、我ら第三領域の領民たちも死へと旅立たなくてはならない」
彼の言葉を、その隣で胡座をかいて座って聞いていたジギンは、納得したようにポンッと手を叩く。
「はー、なるほどっ。いわば心中ってヤツっすね。主君と共に死ぬって、いかにも親衛隊らしいっつーか…………って、ちょっと待って!?それ、俺もっすか!?フィリ先輩から何も聞いていないんっすけど!?」
「親衛隊の名を担うのならば、主が死ねと命じたらつべこべ言わずに黙って死ね」
「死ねッ!?」
親衛隊の心得をロラントが淡々と説き、完全に巻き込まれただけのジギンが喚き立てる。
何とも危機感の無い会話だと呆れる他ないように見えるが……そんな二人の後ろ姿を、家宅の陰に隠れて窺っている者たちがいた。
「イイカ、オ前ラ。チャンスハ、一度ッキリダ。コレヲ逃シタラ、モウ終ワリダト思エ」
「分かってらぁ。任せろ、エルミリオ。ハッ、それにしても……まさか、お前らコクモノと共同戦線を張ることになるとは、夢にも思わなかったぜ」
第三皇女と親衛隊『へブロス』に対して、反抗の意志を示す者たちが……総勢、三十名。それは、ほんの数日前までは決して成し得ない、セデ村とコクモノの連合だ。
コクモノ筆頭のエルミリオが率いる連合は、隙だらけの『へブロス』の背中に狙いを定めて、機を伺っていた。
「ソレハ、コッチノ台詞ダ。ダガ、今ノ俺ニハ、守ルベキ者ガ出来タ……アイツヲ守ル為ナラ、何ダッテヤッテヤル」
「へっ、んだよ、カッコいいじゃねぇか。お前のそういう男気に、俺たちは惚れたんだ」
「……アリガトウナ、ダン」
「それはお互い様だっての。ところでよ、狙うのはあの『へブロス』の大男だろ?その隣のヒョロっちい奴は何だ?」
「知ラネ。ダガ、仲間ダロ。ツイデニヤッチマッタ方ガ、混乱セズニ済厶」
「だな、分かった」
第三皇女を始めとする『へブロス』の連中の強さは重々承知の上だ。そんな奴らを相手に、むざむざ接近戦を仕掛るのは得策ではない。
あくまでも奴らの射程範囲外から、多量の遠距離攻撃を仕掛けることが出来れば、より安全に、より確実に、相手の息の根を止めることが出来る。
セデ村の人々は、これまでコクモノ討伐に用いてきた弓矢や槍を握り……コクモノの面々は、自身の身体から『黒槍』を次々と生成し……。
そして、いざ、襲撃の時は訪れた。
「ヨシ、一斉ニ行クゾ────放テ……ッ!!」
エルミリオの号令のもと……総勢三十人が、一斉に武器を放つ。
それは、全てを切り裂く刃の雨となり、運命に抗う反逆心の遠吠えとなり……『へブロス』の二名へと、無慈悲のままに降り注いだ。
しかし。
「────陰でコソコソと蠢くネズミが居るな」
数え切れない刃の雨が降り止んだ時……ロラントは身動き一つ取らずに、
無数の武器が突き刺さる大地の中心で、
むしろ、その隣で地面に転がって喚き立てるジギンが、とても大袈裟に見えるくらいだった。
「ぬぉぉぉォォォッ!!?あっぶねぇッ!!マジで死ぬかと思ったぁぁぁァァァっ!!」
「貴様に直撃するところだった
「……ッ!!いやぁ………いやいやいやぁ、流石はロラント様ぁっ!このジギン、一生ロラント様に付いて行きますぅ〜!よっ!天下一っ!」
「……いっそ台海で溺れて死ね」
あまりにも……あまりにも平然と過ぎ去ってしまった、襲撃のチャンスを目の当たりにしたセデ村の人々は、顔を真っ青にして狼狽え始める。
「う、嘘だろ……!?あの槍の雨を受けておいて、
「狼狽エンナッ!!
「え…………ひぃッ!?」
ざわめきと動揺が交錯する連合の中で、ただ一人、エルミリオだけは冷静に状況を見据えていたのだろう。
故にこそ、いち早く気付いた────ロラントが、自分たちの方へと走り迫っていることを。
その姿を見てしまったセデ村の人々は、短く悲鳴を上げて尻もちをつくが……エルミリオを先頭に置くコクモノは、即座にニ撃目の攻撃体制を整える。
「オ前ラァァッ!!最大火力ダッ!!アリッタケノ『力』ヲフリ絞レェェェッ!!」
「「オォォォォォォッ!!」」
「……!」
エルミリオの号令で横一列に並んだコクモノが、大地をも揺るがす雄叫びを放つと……彼らの全身から、無数の棘が突出してきた。
その棘一つ一つは、『黒槍』の刃先だ。
コクモノの身体は、いわゆる無数の槍を掃射する弩砲。
それらが一斉に、正面から掃射されれば……今度こそ、間違いなく逃げ場は無い。
狙いは、迫り来るロラントただ一人。
迎撃体勢を整えたエルミリオは、ありったけの声を振り絞って……最後の号令を放った。
「────撃ッッテェェエエェェェェェェッッ!!」
同時に、全てのコクモノが、全ての黒槍を掃射。
一寸の隙間もなく放たれた黒槍の壁は、一瞬の内に、ロラントの身体を呑み込む。
だが……一体、誰が予測出来ただろうか。
誰の目から見ても、確実に、コクモノの軍勢がロラントを圧倒していた。その一撃は彼を絶命させ、エルミリオ率いるコクモノたちが勝利を飾る筈だった。
それなのに……。
「────小賢しい」
ロラントが静かに放った、そのたった一言の呟きによって────全てがひっくり返ってしまうだなんて……。
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
幾多の亀裂によって凸凹になった丘の上では、事態の深刻さを気をも掛けず、出っ張った岩に腰掛けてケラケラと笑うフィリ=オーディスの姿があった。
「相変わらずデタラメな力だよぉ、第三皇女様の[オド]の力はさぁ……こうホイホイと世界を破壊されちゃぁ、あたしの魔法理論もあったもんじゃないねぇ」
「……その理論を出す為に……これまで、一体どれだけの犠牲者を出してきたんですか……?」
一方、先程まで散々に身体を弄ばされていた私は、力無くフィリの身体に背を預けながらも、屈辱の色で染まった表情を浮かべる。
そんな私が辛うじて口にした重い問い掛けに対してフィリは、あまりにもあっけらかんとした様子で軽々しく答えるのだ。
「うぅん、面倒臭いから途中から数えるの辞めちゃったぁ」
「……ッ……ひど、い……ッ」
今すぐにでも、このイヤらしい手を払い退けて飛び掛かってやりたい……だが、何故か全身に力が入らない。
ただ、辱められた、という訳ではない……まるで、身体の神経が麻痺してしまったかのように、意志に反して、身体が言うことを聞いてくれないのだ。
不愉快なのに……屈辱なのに……このままでは、何も出来ない……。
「あはーっ。ねぇ、キュロロちゃん?あたしのこと、憎いでしょぉ?恨めしいよねぇ?いっそ……殺してやりたいんだよねぇ?」
「わた、し、は……もう、殺しは、したくありません……ッ」
私の頬をイヤらしい手付きで撫でながら、顔を覗いてくるフィリの顔は、いつもと同じ笑みで染まっていた。
「それは、嘘だねぇ。元々君は、
「どういう、こと、ですか……さ、『殺戮者』……?」
「確かに、あたしは大勢の被験者を使って人体実験を繰り返したぁ……だけどねぇ?彼らが最終的に死んだのはぁ────君の実戦データを取っている経過の出来事だったんだよぉ?」
「……ッ!?うそ……う、そ、です……だって……だと、したら…………
「あーはーっ。そうだよぉ?あたしの目の前で、黒の被験者を皆殺しにしたのは、他でもない────君なんだよぉ、キュロロちゃん」
「…………そん……な………………っ」
心臓がひっくり返りそうな途轍もない衝撃が、全身に襲い掛かる。自分の意志とは関係なく、視界がグルグルと回り、今にも嘔吐しそうな程の吐き気が胸の奥から込み上げてきた。
思い出せない……まったく記憶にない……だからこそ、もどかしくて気持ちが悪い。
そんな私の耳元で、フィリの嘲笑的な囁き声が絶えず私のトラウマを刺激してくる。
「君が『殺し屋』って呼ばれているのを聞いた時は、嬉しくて嬉しくて興奮が止まらなかったよぉ。君は、どんな性格になったとしても、『殺戮者』の片鱗を捨てることはなかったんだからぁ」
「…………ち、が……う…………」
違う、私は知らない、関係ない……筈だったのに。
私の動揺と混乱が、フィリの囁き声が、私の記憶の奥底から、断片的な光景を引き出してくる。
「君が同志と呼ぶ被験者たちを、君の手で無惨にぶっ殺していく光景はぁ…………あぁ、思い出しただけで興奮しちゃうくらい」
「……い、や…………や、め……て……ッ……」
全身を八つ裂きにされ、四肢がバラバラになった、多くの同胞たち。
その真ん中で佇んでいるのは……たった一人だけ。
────私、だ。
仮面で自身の顔を覆い隠し、全身には同胞たちから飛び散った黒い体液で濡れている。
何より、事が終わり、周囲の変わり果てた同胞たちを見下ろす私の表情は────不気味な程に、歪んだ笑みを浮かべていた。
「紛れもなく、君はあたしの最高傑作だったぁ。あの時から更に洗練されたキュロロちゃんの力ぁ……もっと見てみたいなぁ。ねぇ、見せてぇ?見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せてぇぇぇっ?」
「ッいやぁぁぁァァァ……ッ!!もうッ、もうやめて……ッ!!おねがい……ッ!!」
フィリの囁き声や、頭を蝕む根底の記憶……それらが私の頭の中をグチャグチャに掻き回していて、今にもどうにかなってしまいそうだった。
それでも、記憶を否定しようする意志が、いつ崩れ落ちるかも分からない理性を、辛うじて繋ぎ止めていたのかも知れない。まだ、泣き喚くだけの気力は残っていた。
すると、フィリは短く笑い声を漏らしてから、私の頭を両手で包む込むように挟み、指先に若干の力を込めた。
「へぇ、逆らっちゃう?逆らっちゃうんだぁ……それじゃぁ、仕方ない────ちょっと痛い目に遭って貰おっかなぁ?」
「あッ、ガ……ッ!?」
次の瞬間。
頭の指圧されていた部分に、針を刺されたような鋭い痛みが走ったと思ったら……頭の中でバチィッと、何かが弾けるような音が響く。
電撃……それは瞬く間に全身へと広がっていって、頭の先から足の先まで、余すことなく激痛が暴れ始めた。
「ほらほらほらぁ、さっさとやる気だしなよぉ!?早くしないとぉ、全身がグッチャグチャになっちゃうよぉ!?アハッ!ひゃはっ、アハハはははハハははははハハハハハハハァァぁぁーッ!!」
最早、拷問だった。
このまま何もしなくても殺される……意を決して行動したとしても殺される……。
そんな絶望の縁に立たされた恐怖心が私の決心を鈍らせ……全身を蝕む激痛が、少しずつ、着実に、私の意識を奪っていく。
「ガッ、ァッ、アッ、ァァァァ……ッ!!ヒッ、ギャッ……ッ!!ヤ、ヤメ、デ……ッ!」
情けなく悲鳴を吐きながら、涎を撒き散らし、眼球が飛び出そうな位に血走った目を見開いて……チカチカと、白と黒を繰り返す視線が、次第にボヤケていった。
あぁ……死ぬ……。
思わず、そんな予感が脳裏を過ぎった……その時だった。
『────いい加減にしろ、この悪魔がッ!』
電撃の衝撃を上回る位の大きな怒号が頭を殴り付けたと思ったら……私たちの真下から────幾多の木々が、地面を突き破って突出し始めた。
「んぉっとぉ!」
意識は、吹き飛ぶ寸前。
木々を挟んでフィリと分断された私は、電撃によって朦朧としていた頭を振りながらも、辛うじてその正体を察する。
「ハッ、ハッ……ま、まさか────『樹海の非人』、様……!?」
『走れッ!とっとと逃げろッ!』
相変わらず、思わず身震いしてしまう程の強い命令口調。
ただ、その言葉はこれまでとは打って変わり、まるで、こう……私のことを気遣っているような気配を感じた。
しかし、それを確かめるよりも前に……凶刃は、容赦なく牙を剥く。
「あはーっ────邪魔しやがってぇ、ホッントに馬鹿だねぇ」
木々の向こう側から、フィリの嫌に低い声が聞こえてきたと思ったら……突如として、目の前の木々が炎に焼かれ始めたのだ。
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