4ー2 崩壊の始まり



「キュロロちゃんはさぁ、自分がどうやって産まれたのか覚えている?」


 フィリさんは私を抱きかかえたまま、世間話でもするかのような口調で尋ねてきた。

 一方の私は抵抗することを諦めて、ダランと脚をブラつかせたまま自分の記憶に問い掛ける。


「えっと、詳しくは、よく覚えていません……物心ついた時から檻の中でしたし、それから程なくして樹海に捨てられてしまったので……」

「あはーっ、そう言っていたねぇ」

「だけど……檻の中でも、世界粉砕以後のノベスールでも、同胞たちが一緒でした。姿形も全然違っていたけれど、彼らと居るだけで、悲しみは紛れていたような、そんな気がします」

「ふぅん?『黒の被験者』と称された人たちは、いつの間にか、互いを同胞なんて呼び合うようになっていたんだぁ。仲睦まじいねぇ」

「……ッ!」


 『黒の被験者』……その名称を聞くと、嫌な感覚が全身に襲い掛かってくる。

 第三皇女は黒魔法の開発と解明の為に、数多の実験体を必要とした……その犠牲者たちが、『黒の被験者』と呼ばれていたのだ。そこに道理や人道はなく、人を人と思わないような狂気的な実験の数々が実行されたらしい。


「だけどさぁ、キュロロちゃんが他のコクモノを同胞呼ばわりするのは、ちょっとオカシクないかなぁ?」

「…………え?」

「君だって気付いている筈だよぉ?檻の中でもぉ、ノベスールでもぉ、セデ村でもぉ……自分と他のコクモノ・・・・・・・・・は何かが違う・・・・・・ってさぁ?」

「そ、そんなこと……っ」

「当たり前だよねぇ?だってぇ────君だけは、特別な実験体だったんだからぁ」

「……フィ、リ、さん……?」


 今の言葉を耳にした瞬間……何かが、頭に引っ掛かった。

 何かが、オカシイ・・・・

 だって、今のフィリの発言は、推測だとか、誰かから聞いた話だとか……そういう間接的な発言ではなかったからだ。


「君が産まれたのは、まさしく檻の中。普通の人間とコクモノの間に産ませた・・・・────いわゆる、人間とコクモノのハーフなんだぁ」

「フィリ、さん……待っ、て……ちょっと、待って、下さい……何で、そんなことを知って……?」

「時去りの街となった『ノベスール』も、そんな君の潜在能力を測る為の実験場だったんだけどさぁ。まさか、あんな非人が邪魔してくるだなんてぇ……いやぁ、ビックリしちゃったよねぇ」

「こた、えて……答えて下さい……ッ!あなたは、一体……どこまで、私のことを、その実験のことを知っているんですか……!?」


 確かに、フィリは魔具の発明家であり、『へブロス』の一員……少なからず、第三皇女の研究に関わっている可能性はあった。

 だが。

 もしも……そもそもの前提条件・・・・が誤っていたのだとしたら?

 黒魔法の研究を最後まで続けていた人間が、もしも、第三皇女ではなかったのだとしたら────それを続けていた可能性が最も高い人物は、『誰』なのか?

 脳裏を痛めつけてくる嫌な予感は……次にフィリが口にした、たった一言で確信に変貌した。


「────全部だよぉ?」


 まるで舌なめずりするような、ねっとりとした口振りに……一気に背筋が凍り付く。

 その時、私はようやく気付いた。

 今、私は……何よりも背中を見せてはいけない人物に、抱きかかえられているのだと。


「…………ま、さ……か……ッ!」

「黒魔法の研究は、確かに第三皇女様が始めたぁ。だけどねぇ?早々に打ち止められた研究を密かに引き継ぎ、本格的に人体・・・・・・実験を始めた・・・・・・者の名前は────フィリ=オディス。そぉっ、つまりはこの、あ・た・しぃ」

「……ッ!?あな、た、が……あなたが、私たちの……黒の被験体たちの、『仇敵』……ッ!?は、離してッ、離してッ下さい……ッ!!」


 慌ててフィリの腕から抜け出そうと必死に足掻くものの……まるで泥沼にハマったかのように、上手く動くことが出来なかった。

 いいや、それ以前に……身体を、人間の姿に変えることが出来ない。

 先程から、妙に力が入らないと思っていたのは、勘違いではなかったようだ。


「君はあたしの最高傑作であり、あたしの娘のようなモノぉ……あの非人に邪魔をされた時はどうなるかと思ったけどぉ、こうしてちゃんとあたしの手元に戻って来てくれて嬉しいよぉ、あはーはーっ」


 こんな、屈辱的なことがあるだろうか。

 仲間たちの仇敵の手が、私の全身を好きなようにイヤらしい手つきでまさぐっているのに、ロクに抵抗することすら出来ないなんて……。


「いや……ッ!あなたなんて……私の、親なんかじゃありません……ッ!私の……私の、親は……ッ!」

「君を産んだ奴らなら────とっくに死んだよぉ?」

「……ッ!?」


 耳元で容赦なく囁かされた悲痛な事実に、喉の先まで出かけた言葉が、一気に胸の奥まで引っ込む。

 フィリはその反応を愉しむように、少しずつ、少しずつ、自らの本性を剥き出しにいていった。


「アイツら、被験者のくせして君に情でも芽生えたのか、これは私たちの娘だ、って抵抗してさぁ……もう色々と面倒臭かったから、台に縛り付けて、身体の中を弄くり回してあげたんだよぉ。あの時の、痛みに歪んだ顔と響き渡る悲鳴は……もう最っ高の快感だったねぇ、あはっ、アハッアハハッ、アハハハハハッ!」

「ひっ……!」


 あまりにも……あまりにも凶悪的な笑い声に、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖心を覚えて、全身が竦み上がる。

 怖い……今まで見てきた人たちの中で、一番怖い……。


「さてと……」


 一区切りを着けるように短く息を吐いたフィリさんは、私の頭に手をかざす。

 その手のひらから微かに稲妻みたいなモノが放出したかと思うと、彼女はそれを私の頭に押し当てた。


「くぁ……っ!?あ、あぁぁぁァァァ……ッ!!」


 直後、その稲妻が私の全身を駆け巡り、強烈な痛みが内側から這い出てきた。

 それに呼応するように、私の身体が変化していく。

 小さな獣の姿から、人間の姿へ……私の意志とは関係なく、無理矢理に。

 気付けば、私は人間の姿で腰を落とし、力なくフィリの身体にもたれかかっていた。 


「あはーっ。第三皇女様のご命令で、反乱因子は予め排除しておくようにって言われているんだぁ。当然、あのイオちゃんもねぇ」

「ハッ、ハッ……ま、さか……イオさんに、何を……ッ」

「さぁ?そっちはロラントくんが担当だしぃ、あたしが興味あるのはフィリちゃんだけだから知ぃらない。それにしてもこの触り心地ぃ……獣の姿も好きだけれどぉ、こっちの姿も素敵だよぉ、『キュロロ』ちゃん?」

「……ん……ッ……その、名前で……呼ばないで……ッ」


 また、次は後ろから人間となった身体をまさぐられる。

 気持ち悪い……最悪……そんな気持ちばかりが逸るのに、衝撃の反動で身動き一つ取ることすら出来なかった。

 フィリさんはそんな私の顔を掴み動かし、丘の下にあるセデ村の方へと無理矢理視線を向けさせて、嘲笑的な笑みを浮かべるのだった。


「さぁてぇ。この仇敵であるあたしと一緒に、特等席で高みの見物といこうかぁ────世界に終焉が訪れるその時を、ねぇ」





─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─





 突如として明かされた、第三皇女による世界のタイムリミット……それは同時に、この世界に生きる人々の余命宣告を意味していた。

 知らず知らずの内に断崖絶壁を背に立たされていたことの事実と、それを何の躊躇いもなく吐き捨てた第三皇女の威圧感……それらに完全に気圧されてしまった人々は、ただ唖然とした表情で立ち尽くすことしか出来ない。

 誰もが沈黙を貫く重苦しい空気の中、今にも風で掻き消されそうな震えた声を口にする人物が居た。


「……もう少し、先延ばしして頂けることは出来ないのでしょうか……」

「……先延ばし?」


 それは、純白の花嫁姿に身を包み、新郎のエルミリオの隣で立ち上がったリエットの言葉だった。

 ただその言葉は、所謂、第三皇女に反旗を翻すも同然だ。

 一体どれだけの重圧と緊張感と戦っているのか、恐怖を押し殺すように、彼女は顔を真っ青にして全身を震わせていた。


「このセデ村は、今、変わろうとしています……今までとは異なる未来へ、歩もうとしています……私とエルも、同じです……だからこそ、その……ここで、終わりにしたくはないのです……もっと、彼と一緒に、色々な思い出を作りたくて……」


 第三皇女が治める領地の一領民として、セデ村を代表する村長代理として……リエットの勇気ある言葉は、村人たちの落ち着きを取り戻させようとしていた。

 しかし。


「双方、健やかなる時も、病める時も────永遠に愛を誓え・・・・・・・

「え……?」


 リエットとエルミリオの前に立った第三皇女は、まるで牧師の誓いの言葉にも似た、横暴さすら感じる台詞を口にすると、再び、場の空気が凍り付く。

 そこへ、群衆の中から悠々と、全身包帯人間のロラントが姿を現し、第三皇女の前に立って彼女の意思を代弁した。 


「喜べ。今この瞬間、オリスト第三皇女様の名の元に、貴様らの愛も永遠を約束された。いつかは途切れる有限の愛と、いつまでも概念として有り続ける永遠の愛……どちらが良いのかは、最早明白であろう?」


 理不尽な見解を一方的に投げ掛けたロラントは、目の前で唖然と立ち尽くすリエットの首を、一切の容赦も無く鷲掴みにした。


「ひッ、が……ッ!?」

「オ、オイ……ッ!!」


 今にも締め殺さんとするロラントを前に、エルミリオの顔色が怒りに滲んで手を出そうとする。

 しかし、それよりも前に、彼の腕を掴んで制止を呼び掛けたのは……シーナだった。


「待って。それを決定付けるのは、あなたではないわ。だから……大人しく、二人から手を引いて?」


 なんて無謀なことを……。

 その場にいる誰もが、シーナの立場を弁えない発言に、思わず息を呑む。

 すると、背後に立つ第三皇女がロラントに、一言「辞めろ」と声を掛け、彼も即座にリネットから手を離して後ろに下がった。


「そうだったな、シーナ。ならば、さっさと行くとするか────お前の、死に場所へ」


 続けて、シーナの傍にまで歩み寄っていく第三皇女は、彼女を襟首を掴み、思い切りそれを引っ張り寄せた。


「あぅ……っ!」


 心身共に弱り切っている様子のシーナは、大きくバランスを崩して倒れそうになるが、第三皇女は彼女を庇う様子なんて微塵にも見せない。

 このままでは、どんな目に遭わせられるのか分からない……そう思った俺は、慌てて駆け寄ろうとするが……。


「待て……ッ!!」

「慌てるな、台樹の非人。お前の相手は、私ではない」


 第三皇女がこちらを見ながらそう言った直後、俺は『何か』に足を取られて身動きが取れなくなってしまう。

 何が起こったのか、と視線を落とすと……ほんの数秒前まで固まり切っていた地面が、泥沼のようにぬかみ、俺の足に巻き付いていた。

 まるで触手のように、俺の身体を這い上がって縛り付けていき……少しずつ、泥沼の中に引き摺り込もうとするのだ。


「な……ッ!?これッ、まさかッ……離、せ……ッ!」


 それは、非人である俺を遥かに上回る力だった。

 必死に足掻く俺を一瞥した第三皇女は、人々に背を向け、空を仰ぎ見る。それから、ゆっくりと片手を横に浮かべ……やたらハッキリと響き渡る声で、こう宣言した。


「さぁ、至ろうか。ここより先の、世界の終末へ。まずは手始めに────この小世界を破壊しろ、[オド]」


 [オド]……その言葉を口にした、次の瞬間。

 第三皇女の周囲へと目に見えない波動が広がったと思ったら……地面に、建物に、山々に、空に、所構わず、無数の亀裂が駆け巡ったのだ。


「な、なんだッ……地面がッ、うわぁぁァァッ!?」

「きゃあぁぁぁッ!!」


 その現象が、この小世界を破壊しようとしていることは、誰の目から見ても明らかだった。

 即座に身の危険を感じた人々は、その場から一斉に逃げ惑い始める。

 一方の俺は、身体を引きずり込もうとする凄まじい力に抵抗すら出来ず……瞬く間に、地面の中に落ちていこうとしていた。


「ぐッ……シー、ナ……ッ」

「……」


 決死の思いで滲み出した呼び掛けに、シーナは一瞬だけこちらに視線を向けたが……そこで、俺の視界は地面の下へ落ちていった。

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