4ー1 とある村落の物語



「あぁ、第三皇女様……っ!生きている間に、またお目にかかることが出来るなんて……このリエット、光栄にございます……っ!」

「久しいな、リエット。初めて父親と宮殿を訪れた時の怯えた子羊のような姿とは打って変わって、この短い期間で気品に溢れた麗しい女性になった。その花嫁姿、実に美しいぞ」

「なんて、勿体ないお言葉っ……このような幸せな日を送ることが出来るのは、全て、第三皇女様のお力があってこそでございます。この披露宴、どうぞお楽しみ下さいませ」


 白い花嫁姿のリネットが顔を赤らめながら、第三皇女の前に膝をつき、丁重に頭を下げる。

 その言葉や、その礼節を弁えた動作には、第三皇女に対する最大級の尊敬の意が込められているように見えた。


「第三皇女様っ!どうぞ、こちらの料理をお召し上がり下さい!第三皇女様の慧眼によって見い出されたセデ村の特産品をふんだんに使った、我らセデ村の自慢の料理です!」

「ふむ、セデ村の特産品は宮殿にも配送させていたが……現地の料理となるとまた格別だな。ただ、その慧眼というのは大袈裟だろう?これを特産品たらしめ、世に知らしめたのは、他でもないお前たちの功績だ。胸を張れ、そして自らを誇るが良い」

「そ、そんなっ……私たちはっ……こうして、第三皇女様に食べて頂けるだけで、胸が一杯だというのにっ……御褒めのお言葉まで、頂けるなんて……っ」

「うッ、うぅぅっ……この日までッ、生きてて良かったっ……ありがとうございますッ、ありがとうございます……ッ!」


 セデ村の村人たちが歓喜のあまりに涙を流し、第三皇女の前で次々に泣き崩れていく。

 その様子を、少し呆れたように見ていた第三皇女だったが、人々の肩を擦りながら慰めの言葉を投げ掛けていた。


「第三皇女……」

「お前たちの言いたいことは分かっている。お前たちを化け物に変えたのは、他でもない私だ。その恨みも、憎しみも、好きなだけ私にぶつければ良い……これまでも、ずっとそうしてきたのだろう?」

「……だが、そうやって俺達を……不治の病に罹っていた俺達を『黒魔法』の実験台に使ったからこそ、結果的に俺達は、今もこうして生きている」

「結果論に過ぎん」

「いいや。セデ村の連中と交流するようになって、ようやく気付いた……その事実から目を背けて、躍起になっていたのは、俺達の方なんだって……だから、その……」

「謝罪なんぞしてくれるな?」

「え?」

「私は、私がお前たちにやったことを否定するつもりはない。そしてお前たちも、お前たちの力で自らの現実に抗ってきた。その強い意志が、今のお前たちを形作ってきた」

「……ッ!」

「ならば、その品格を、その誇りを損なうような行為をするな。いっそのこと、この私に牙を剥く位の気概を見せてみろ。それが、お前たちの存在意義だということを……その胸に、一生刻み込んでおけ」

「……ッ……う、ゥゥゥ……ッ!」


 第三皇女とコクモノの因縁。

 この地のコクモノには、少々複雑な事情があったようだ。普通に考えれば、極刑も免れないような自分勝手な事情が……。

 しかし、第三皇女は気にも止めなかった。

 むしろ、そのままで良いと、彼らの背中を押したのだ。 


「……どういうこと、あれ……?」


 思わず、そう呟く。

 食事の席に腰掛ける第三皇女の周りには、沢山の人々が群れるように集まっていた。気恥しそうな顔をする者もいれば、感動する者も、涙を流す者もいる。ただ、そのどれもが、第三皇女を中心にして展開された感情であることは明らかだ。


「はーっ!噂には聞いていましたけども……第三皇女様って美人さんっすねぇ。あの貫禄!あの凛々しさ!しかも俺とそんなに歳も離れてないときた!あんな人の親衛隊だなんて、いやぁ、照れちゃいますなぁ〜」


 デレデレな様子で惚気けているのは、俺の隣で肉を貪り食っていたジキンだった。


「……いや、あの……ジキンさん?何で普通に居るの?」

「俺だって好きで来たわけじゃねぇからッ!!あのフィリ=オーディスとかいう鬼畜に無理矢理連れて来られたんだっつーのッ!!親衛隊が人手不足だとか知ったこっちゃねぇわッ!!」

「それは……まぁ、うん、ドンマイです」

「あー、でもでもぉ、これを期に第三皇女とお近付きになるのも悪くないっすかねぇ、フヒヒヒ」


 何だか満更でも無さそうなので、ジキンへの心配はドブに捨てておくとして……肝心の第三皇女のことについて尋ねてみることに。

 彼の話によると……。

 当初は、この第三領域は、小さな集落ばかりが点々としているだけの寂れた領域だった。それらを、その優れた手腕によってまとめ上げ、他の領域と比べても、一、二を争う位の経済的に豊かな領域に創り変えていったのが、あのオリスト第三皇女なのだという。

 なるほど、それが事実だとすれば、確かに頭脳明晰かつ秀才な力量を持っているのは間違いない。今までその姿を見たことがない人でさえ、彼女を信仰するのは納得出来る。

 だが、人間性と能力とは、まったくの別物だ。

 俺はこの目で見て、この身で実感している……第三皇女の、同じ人間とは到底思えない残虐性を。


「信じられないって顔しているねぇ、ツムギくん」


 そこへ、俺の肩をポンポンと叩き、ジキンとの間に無理矢理入り込んできたのはフィリだ。

 あんなことがあって……よくもまぁ、平然と話し掛けてくることが出来るものだ……。


「フィリ……」

「どぉぉッ!?オディス様ぁッ!?あっ、どーもどーも、いつもお世話になっておりますぅ」

「あはー、こちらこそぉ。それでぇ?誰が鬼畜って話だっけぇ?」

「………………だれ、でした、っけねぇ……?」


 もう無理だよ、バレてるよ、ていうか隠せてないよ……。

 見ているだけで心苦しい惚け方に、思わず深い溜め息が漏れると……フィリの腕に抱えられてグッタリとしている、獣姿のキュロロが目に入った。 


「はぅぅ……いっぱい、モフられた……」


 拘束されている、という訳ではなさそうだが……あの毛並みは、相変わらず触り心地が良さそう……。

 そんな彼女を片腕で抱えながら、ピンッと第三皇女を指差すフィリは、いつもみたいに不敵な笑みを浮かべる。


「ほらぁ、よぉく見てごらん?第三皇女様に寄り添う人々の幸せそうな表情。あれこそが第三皇女様の人柄を証明する、何よりの証拠なんだと思わない?」

「……個人的には、あまり、知りたくなかったけどね……」


 分かっている……あれだけ、人々から厚い信頼を寄せられている様を見せ付けられては、もう、嫌でも納得するしかない。

 第三皇女という人間は、この第三領域において、まさに非の打ち所もない理想的な皇女様である、という事実を。

 だからこそ、俺は……苦い表情を浮かべながら、どう整理すれば良いのか分からない複雑な心境で、第三皇女から視線を逸らすしかなかった。


「噂も所詮は噂、伝承も所詮は伝承。そんなモノを鵜呑みにするのは、怠け者のすることだよぉ。いい?物事の真実を決定付けるのは、他者じゃなくて、結局のところ自分だけなんだってこと……精々忘れないようにねぇ」

「……?」


 何処か重い声色になったのに気付いてフィリへと視線を向けると、彼女はキュロロを抱いたまま、既に席を立っていた。


「あはーっ。それじゃあ、あたし向こうでキュロロちゃんと戯れてくるから、またねぇ」

「はぅぅ……!?ツ、ツムギ様ぁ……!」


 キュロロの涙ながらに助けを求めるような声と、ヒラヒラと手を振りながら軽やかに立ち去るフィリを見送ると、俺は再び視線を落とす。

 物事の真実を決定付けるのは、自分……?

 それでは結局のところ、彼女の言った、噂や伝承を信じる怠け者と同じことではないのか……?

 教訓のようにも、皮肉のようにも聞こえたフィリの言葉が、幾度か頭の中を反復すると……。


「────何か言いたそうな顔をしているな、台樹の非人」

「……ッ!!」


 一体いつからそこに居たのか、俺の隣には、先程までいたジキンの代わりに、静かにコップの飲み物を啜る────第三皇女本人が、あぐらをかいて座っていた。

 ユニスト協界の一件もありながら、よくもまぁ、こうも平然と話し掛けて来られるものだ。

 本当ならば、今すぐに飛びかかってやりたい気持ちを抑え、その肝っ玉に感心しつつも、横目で彼女の落ち着いた横顔を見ながら尋ねる。


「……あなた程の力があれば、俺を出し抜くなんて造作もない話だよね?それなのに、どうしてシーナに手を出さない?」

「必要がない、それだけだ」

「だったら、教えてくれるかな……シーナが死ななくても済む方法を。あなたなら、何か知っているでしょう?」

「それを知ってどうする?」 

「シーナを、救いたい」

「仮に救ったとして、その後はどうする?」

「その後、って……」


 質問に質問で返すな……と、言いたい所だが、第三皇女からの予想に反した問い掛けに、思わず言葉を詰まらせる。

 俺はシーナと共に、彼女の死に場所を探して旅をしていた……その終着点は、確実な死別。

 一方の、シーナを救うという選択肢は、元々確証すらない、寄り道程度の選択肢でしかなかった。

 つまり、だ。

 例え、シーナが死のうが生きようが、俺は、そこから先のことなんて考え付いたことすらなかったのだ。

 今一度、頭の中が奇妙な感覚に襲われる……俺は、シーナを殺して、シーナを生かして……そして……何がしたいんだろう・・・・・・・・・……?


「……とある村落に、一つの星が落ちた」

「え?」


 今までの話題をぶった切るように、第三皇女が空を眺めながら呟き始める。


「天から飛来した星は、小さな村落なんて、いとも容易く破壊する程の威力を持っていた筈だが……どういう訳か、村落自体に被害は及ばなかった。破壊された建物も無ければ、死んだ村人も居ない」

「あの、第三皇女……?」

「まるで幻のようで、奇怪な出来事だったという……ただ一つ、村落の中で最も若く幼い一人の少女を除いては」

「……少、女?」

「それは、天からの授かり物なのか……もしくは、未知なる疫病の類なのか……詳しいことは分からない。だが、星の降った時より以降、その少女は孤立した」

「孤立した……?なんで……?」

「────世界を殺す『力』を、手に入れてしまったからだ」

「それって、まさか……『傷』のことか……!?」

「それからというもの、少女は人々から怖れられるようになった。村の仲間たち、同い年の友達、そして、少女自身の両親からも」

「え……?」

「いつしか、畏怖の念は糾弾へと変わり……果てには、村を上げてまでの少女への虐待が始まる。特に、少女の両親が酷いものだった……化け物を産み出した贖罪と称して、実の娘の四肢を刃物で串刺しにしたことも、鉄の棒を使って顔面を滅多打ちにしたことも、見せしめに村人たちの目の前で首を吊るしたこともあったという。ただ、殺すことだけは恐ろしかったのだろうな……最後まで、少女が命を落とすことはなかった」


 仮に、この物語の中に登場する『少女』が、シーナのことだとすると……まさか……彼女の身体が、五体満足に動かすことが出来ないのは、それが原因だったとでも言うつもりだろうか。

 だとしたら、酷いなんて話ではない……最早、外道の所業だ。たった一人の女の子を、村ぐるみで拷問するだなんて、人間としてどうかしている。

 俺は胸から湧き上がる感情を抑えるように、顔を強張らせながら第三皇女を睨み付けた。


「……そんなに苦しませておいて……どうして、シーナは自分で死ななくちゃならない……ッ?どうしてあなたたちは、シーナをそんなにも追い詰めようとする……ッ?」

「……そのまま放っておけば、いずれシーナ自身に宿る『傷』のせいで、世界は滅亡する。それを、彼女は自らの意志で排除しようと決めたのだ……これ以上ない英断と言えるだろう」

「ふざけるなよ……っ!結局のところ、悪いのは全部シーナに宿った『傷』だろう……?それを取り除けば、シーナがこれ以上苦しむことは……っ!」

「まさか……私達が、それをやらなかったとでも?」

「え……?」


 その時、ギロリと横目で睨んできた第三皇女の瞳を見て……嫌な予感が過る。

 それは、怒りと苛立ち。それらが混じり合った鋭い眼差しは、俺に『答え』を提示していたようにも見えたから。

 第三皇女に求めていた、一種の『救い』を……確かに、彼女は持っていた。

 ただしそれは……求める者を絶望の底に叩き落とす、最悪な『答え』だった。


「いいだろう、お前の問いに答えてやる。私やフィリが開発した『魔法』、非人たちの有する『物語』、お前たち転生者が持っていた『恩恵』……そのどれを、どれだけ尽くしても────シーナの・・・・を取り除くことは・・・・・・・・叶わなかった・・・・・・


 既に、手は尽くされていた……しかし、解決には及ばなかった。

 つまり現時点で、『傷』からシーナを救うことは────不可能である、ということだ。

 あまりにも、あまりにも救いようが無い現実に、俺は……ただただ途方に暮れるしかなかった。


「そん、な……ッ」

どうやって・・・・・を取り除くか・・・・・・……そんな議論は、とうの昔に決着がついている。今、何より重要なのは────どうやって・・・・・そのものを・・・・・消滅させられるか・・・・・・・・……私は、それを実現させる為だけに動いている」


 すると、第三皇女はその場で突然立ち上がり、宴会の中心へと歩を進め始める。

 たったそれだけの動作で、宴会の場にいる全ての人々は、彼女の姿に釘付けになった。

 どうしたのだろう、お美しい、お近付きになれないだろうか……そんな賞賛の言葉ばかりがひしめき合う中、立ち止まった第三皇女は、両手を横に広げて人々にこう呼び掛ける。


「皆の衆、よく聞け。この宴は、お前たちの最後の晩餐・・・・・となる。今の内に、安息を噛み締めながら、自らの人生に別れを告げるが良い」

「第三皇女様……?」


 その時、人々のざわめきが、静止した。

 信仰心を向ける第三皇女の言葉に魅了されているという訳ではない……ただ、その言葉の意味が、一瞬だけ理解出来ずに硬直していただけ。

 いいや、もしかすると……誰もがそれを、理解したくなかった・・・・・・・・・からなのかも知れない。


「この世界、ペデスタルは────今より数刻後に、消滅する」

「………………え?」


 いつか来ると確定されていた、世界の消滅。

 それが、こんな形で、偉大なお人の口から、こんなにもアッサリと告げられるなんて……一体、誰が予想出来るだろうか。

 先程までの賑やかさは完全に消え去り、途方に暮れて言葉すら発せられない人々に変わって、俺は立ち上がりながら吠え立てた。


「第三皇女……ッ!!」

「私はな、村落の連中が間違ったことをしていたとは思わない。連中は、当然の危機感を持ち、当然のごとく、『傷』を排除しようとした……その勇敢さを、むしろ私は称賛する」

「な、に……ッ!?」

「ハッキリ言っておこう────今やシーナという存在は、このペデスタルに巣食う唯一最大の害敵だ」

「……!!」


 まただ……。

 第三皇女がシーナのことを話す時は、その言葉の節々から、怒りや苛立ちの気配が滲み出てきているように感じる。

 ただ、その正体を見抜く余裕は、今の俺にはなく……彼女のあまりの迫力と殺気に、固唾を呑み込むことしか出来なかった。


「『傷』を刻まれたシーナは、どんな手を使ってでも抹殺しなければならない。例え、世界ペデスタルそのものを犠牲にしてでも……お前もそう思うだろう、シーナ・・・?」

「え……?」


 その言葉は、俺に対して放った言葉ではない。

 だからこそ、心臓が跳ね返るくらいに動揺してしまった……『彼女』は、未だ家の中に塞ぎ込んでいる筈なのに。

 そう思った矢先だった。


「────えぇ、その通りだわ」


 俺より後方から、第三皇女の呼び掛けに対して、ハッキリと返答の声が聞こえてくる。

 恐る恐る振り返った先には……全身がヒビ割れながらも、これまで見たこともない神妙な顔つきで直立する、シーナの姿があったのだ。

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