3ー4 世界の支配者
先程まで人々の談笑で賑やかだった盛り上がりを掻き消すように、少女の痛々しいまでの絶叫がギルド内に痛烈に響き渡った。
「あッ、がッあッアああァァァアアアァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!?痛いッ、いたいッいたいッ、いたいいたいいたいいたいァァァァ……ッ!」
「えっ、え……!?」
「シーナどうしたの!?頭が痛いの!?」
明らかに、異常な痛がり方だった。
椅子から転がり落ちると、頭を抱えてうずくまり、甲高い悲鳴を上げながら、ガクガクと全身を痙攣させている。
その様子を前に、傍にいたビエラやキュロロだけでなく、談笑していたギルドメンバーたちもピタリと話すのを辞めて、シーナの方へと視線を向け始めた。
「な、なんだなんだ……?」
「どうしたんだ、あの子……?」
誰もがシーナの安否を気に掛ける中、彼女は息を荒くしながら、ゆっくりと顔を上げる。
「ハッ、ハッ……分から、ないッ……どこが、痛いかッ……分からない、の……ッ」
その時だった。
シーナの目の前で膝をついていたビエラとキュロロが、彼女の顔を目の当たりにした瞬間……二人は、激しく動揺した様子で目を見開く。
彼女たちが目にしたのは……変わり果てたシーナの姿だったからだ。
「え……ッ!?」
「ひッ……!?シ、シーナさんっ、顔に……
それは、まるで出来の悪い土造りの人形のように……焦燥しきったシーナの顔面には、無数の亀裂が走っていたのだ。
風化した地層が崩れるように、深い亀裂の部分は、自然にボロボロと零れ落ちていく。
彼女の顔面から剥離する破片は、果たして、皮なのか、肉なのか、一目見ただけでは判断がつかないが……少なくとも、それが崩れることが激痛を伴っているのは間違いなかった。
「あぁッ……何かがッ、
そして。
シーナの顔面が崩壊する速度がピークを迎えた時────『その者』の声が、ギルドの中に不気味に響き渡ったのだ。
『────
突如、顔面に開いた亀裂の穴から、人間の腕が突出。
それは、シーナの顔面を引き裂き、亀裂の穴を無理矢理こじ開けながら、彼女の身体から這い出ようとしている。
「ぎッッアッッアアアァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
どうすれば良いのか、分からない……周囲の者たちがそう言いたげな青ざめた顔で、啞然とその光景を直視していると……。
気付けば、全身に大きく黒い穴が空いてしまったシーナの傍らに……。
────一人の美麗な女性が静かに佇んでいた。
まるで熱を帯びているかのような橙色のロングヘア。艶美な身体と、凛とした表情で佇む姿は、まさに一つの彫刻に命が宿ったかのような美しさを感じさせる。
そこへ、少し離れた場所で経緯を見守っていたフィリが、その女性の前に跪き……こう、呼び掛けたのだ。
「あはーっ。心より、そのご帰還をお待ちしておりましたぁ────シヴェラーナ=オリスト・マクスチェア第三皇女様」
それは、誰にとっても聞き覚えのある名前だった。
ペデスタルを統治する四人の皇女の内の一人であり……そして、ペデスタルを崩壊させた張本人と言われている人物の呼称。
そんな人物が、何故、
一方、フィリに呼び掛けられた第三皇女は、横目で彼女を見下ろし、冷たく重い口調で、短く疑問を投げ掛けた。
「誰だ、お前は?」
「第三皇女殿下直属親衛隊『へブロス』の一員、フィリ=オディスにございますぅ」
「フィリ=オディス…………知らない名だが、まぁ、いい。『へブロス』など、あろうが無かろうが、大した問題ではない」
「あはーはーっ、際ですかぁ」
第三皇女の淡々とした言い分に、フィリは頬をかきながら苦笑いを浮かべる。
そこへ。
彼女の背後から、一つ、また一つと、席を立つ音が連鎖していったと思ったら……殺意を込めた表情を見せるギルドの面々やコクモノたちが、第三皇女の後ろ姿を睨みつけていた。
「第三皇女……会いたかったぜぇ」
「こいつが噂の第三皇女、世界粉砕を起こした張本人か……はっ、あんなのただの女じゃねぇか。俺が一瞬でぶっ殺してやるよ」
「グルルルゥゥゥウウゥゥゥ……ッ!!」
その数、総じて五十人以上。
全員がその手に、剣やら、槍やら、弓やらを握って、第三皇女の命に狙いを定めていた。
多勢に無勢。
圧倒的な戦力の差を前に、流石のフィリも笑みを浮かべた顔を引きつらせる。
「あららぁ、皆揃って殺気立っちゃってぇ……あはーはーっ、この数が相手だと流石にヤバくないかなぁ……?」
「……ふぅ」
第三皇女が短く息を吐くと同時に。
ダンッと床を強く蹴り上げる音が立て続けに響く。
それは、襲撃の合図……ギルドメンバーとコクモノの面々が容赦なく武器を振り上げて、第三皇女へと飛び掛かった。
「全員で一斉にかかれッ!!第三皇女を……この場で、抹殺しろォッ!!」
「「オオォォォォぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」
それは、まるで雪崩のように。
住む場所を失くした者、生きる気力を失い掛けた者、大切な人を失った者……それら全ての憎悪が、世界粉砕を引き起こした第三皇女へと、一斉に投げ掛けられる。
誰の目から見ても、不利なのは、第三皇女の方。
雪崩に呑み込まれれば、その瞬間、彼女の身体は幾多の刃によって串刺しにされてしまう筈だった。
しかし。
「え……っ」
群衆の雪崩に乗り切れなかったビエラとキュロロが、いち早く、
襲い掛かったギルドメンバーとコクモノたちの方が、まるで吊るされた糸が切れたかのように……バタバタと倒れていくのだ。
その間、第三皇女は身動き一つ取っていない。
ただ、ほんの一瞬だけ群衆の方を
たったそれだけのことで、第三皇女の前には────死屍累々とした景色が広がっていったのである。
「群れるだけしか出来ない雑魚など、初めから眼中にない」
何が起きたのか、と立ち尽くすビエラ……呼吸を乱して、ただただ怯えるキュロロ。
彼女たちには目もくれず、第三皇女が向けた視線の先には……床に突っ伏している、全身がヒビだらけになったシーナの姿があった。
「ハッ、ハッ……第三、皇女……ッ」
「まさか生き長らえていたとはな、シーナ。だが……次こそは私自らがこの手で、お前を葬ってやる」
淡々と語る第三皇女は、シーナの顔面に自身の足を乗せると……そこへ、容赦なく体重を掛ける。
既に亀裂の走った顔面に凄まじい重圧が掛かり、ミシミシミシィッと肉が張り裂けるような痛々しい音が辺りに痛々しく響いた。
「うッ、ぁぁぁぁァァァァ……ッ!!」
第三皇女の圧倒的な力の前にすると、人々は自らの非力を思い知り、歯向かう意志を失くす。それこそ、彼女が皇女たる所以であり、支配者として君臨し続けた根拠を裏付けていると言える。
彼女は、絶対として在り続けた。
人は、絶対である彼女に従い続けるしかなかった。
その主従関係は、粉砕した世界においても、全く同じことだった。
しかし。
今、この小世界には、たった一人……
「────第三ッ皇女ォォォッ!!」
『台樹の非人』。
支配者として君臨する皇女の領域へ、険しい顔を浮かべながら、拳を振りかぶって、足を踏み入れる者が現れた。
もしも、この世界で皇女に抗うことが出来る者が居るとしたら、それは……。
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