3ー3 異変


 ギルド本部の外。

 前広場の隅にある木の根本で、俺は一本の何の変哲もない木の棒を土に刺して立たせていた。

 風が吹いて倒れないように少しだけ土を盛って安定させる。一見すると、何だか子供が作った虫の墓みたいな見た目になったと苦笑いを浮かべてから、その木の棒に呼び掛けてみる・・・・・・・


「よしっと……もしもし、もしもーしっ。聞こえていたら、ちょっと返事して貰えるかな?」


 見た目は、ただの木の棒だ。

 それを土に立たせて、声を掛けている光景は、周囲から見ればかなり怪しい絵面に映ることだろう。

 だが。

 これは、確かにただの木の棒ではあるものの、それを採取したのは────例の、《樹海の非人》からだったのだ。


『────どういうつもりだ、台樹の非人』


 予想通り。

 ノベスールの小世界が崩壊して、非人である台森もそれに呑み込まれていたが……そもそも、木の破片が一片でも残っていれば、非人は消滅したことにはならない。

 以前とは大きさも規模も極小になってしまったが、この何の変哲もない木の棒は、一つの非人として、しっかりと意識を持っているようだ。


「あなたに聞きたいことがあったもんで、連れ帰らさせて貰ったんだよ」

『聞きたいこと、だと?』

「あなたは、自らの威厳を示す為に殺し屋の存在を使っていたって言っていたよね?今は亡き第三皇女に、恨みを晴らす為に」

『それがどうした?オレがあの殺し屋をどう使おうが、亡霊を追い掛けようが、オマエには関係のない話だろ』


 当然だが、その主張に変わりはなかった。

 相変わらず、警戒色は濃厚。この調子では、もしも主張に何らかの偽り・・・・・・があったとしても、簡単にそれを漏らすようなことはしない筈だ。

 だったら。

 いっそのことこちらから、それをこじ開けてやるとしよう。


「本当に、そうなのかな?」

『なに……?』

「思ったんだよね。結局のところ何の意味もない復讐劇にしては……何だか、随分と手の込んだことをするな、って」

『何が言いたい……?』

「……もし、あなたが殺し屋を洗脳し、育て上げたことが、ただの自暴自棄なんかではなくて……少しでも、標的を討てる可能性を上げる為……つまり、本当の意味で目的を達成する為に、必要なことだったのだとしたら……」

『……』


 どうやら、最後まで頑なに口を開くつもりは無いようだ。

 もしかすると……彼自身も『その事実』に関しては、未だに確信を得られていない……いいや、素直に受け止めきれていない、のかも知れない。

 何故なら、俺も同じだから。

 出来れば、間違いであって欲しいと、心の底から願ってしまうような最悪の推測だったから。 


「あなたが追い掛けていたのは、亡霊なんかじゃなくて────本物の第三皇女、だったんじゃないのかな?」

『……!』


 今、非人が固唾を飲むような反応を見せてしまったことで、俺の推測は確信へと変貌を遂げた。

 間違っていなかった……だとしたら、最悪・・だ。

 目を瞑れば、あの時の重く苦しい記憶が鮮明に蘇る。

 もう二度と、関わることは無いと思っていた……いいや、絶対に関わりたくないとまで願っていた……だが、もう後戻りは出来ない。

 知ってしまったのだから……この世界で生きている以上は、決して知りたくもなかった、最悪な事実を。


「つまり、そういうことだね?第三皇女は────まだ、生きている・・・・・んだね?」

『……チッ』

「教えてくれるかな、樹海の非人。オリスト第三皇女は今、何処に居る?」





─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─





「世間的には、生が善、死が悪、って区別されがちだよねぇ。人は命を持って生きていることが正しい、命を落として死んでしまえばそれで終わり。だから、殺人を犯してしまえば、その人には半永久的に重い罪を課せられる……崩壊前のペデスタルも、そんな感じだったしねぇ」


 カウンター席に腰掛けるフィリ=オーディスが、手にしたコップを揺らしながらニヤけた表情で言うと、カウンターの向かい側に立つビエラも話に乗っかっていく。


「私たちギルドは一貫して中立かな。結局のところ、生きるも死ぬも、全てはその人たち次第なんだから、好きなようにさせれば良いって感じ。その辺り、殺し屋としての見解はどうなのかな、キュロロ?」


 続けて、唐突に話を振られたキュロロは、飲もうと口を付けていたコップを危うくひっくり返しそうになりながら、たどたとしい口調でこう答えた。


「え……!?わ、私ですか……!?えっ、と、その…………死ぬことは……別に悪いことではないと、思います……」

「ほっほぉ?」

「これまで私は、沢山の人を殺してきました……その中には、幸せそうな顔を浮かべる人も沢山いて……あの最期が不幸だったなんて、私にはとても思えないんです……」


 視線を落としながら、何処か寂しげに言うキュロロに対して、フィリは短く笑い声を上げる。


「あはーっ、それは結果論だよぉ、キュロロちゃん。ノベスールの人々は不幸に晒されて、死を選ぶしかなかったんだからさぁ」

「例え、死を選ぶしかなかったとしても……人は、簡単に死ぬことを決断出来ません……」

「……!」

「死は、逃げ道じゃなくて……人生を終える場所、なんです。だったら、せめて、自身の望む形で終えても、構わないではないですか……?それを、間違っているとか、悪いことだとか……そんな言葉で一括にするのは……オカシイと思います……」


 キュロロが喉の奥から滲み出したような言葉に、フィリもビエラも息を呑んで口を閉ざした。

 誰よりも人を多く殺してきたからこそ、誰よりも人の死について神経質になってしまうのは仕方がないことなのかも知れない。だが、それでも彼女は、人に寄り添う優しさを忘れることはなかった。

 こんな殺し屋は、世界の何処を探しても、彼女しか居ないことだろう。


「あはーっ、キュロロちゃんって面白いねぇ」

「だけど、不思議な説得力がある気がするっしょ。うぅん、キュロロになら、もしかしたら……って、シーナ?さっきから、なんだか妙に静かじゃない?」

「はぁっ……はぁっ……え……?なにが、かしら……?」


 ビエラが二つ隣のカウンター席に座るシーナに声を掛けると……項垂れた顔を上げた彼女は、苦しそうに呼吸を乱していた。

 疲れのような軽い症状ではなく、明らかに具合が悪そうに歪めた顔を真っ青に染めて。


「ちょっ、ちょっとシーナ!?あんたっ、どうしたの!?顔真っ青じゃないっ!?」

「だ、大丈夫、ですか……?なんだか、とってもツラそうですけれど……?」


 ビエラとキュロロが慌ててシーナに駆け寄り、心配そうに声を掛けるものの……時間が経てば経つ程に、彼女の表情は苦痛に沈み、歪んでいく。


「ツラそう……わたし、が……?はぁっ、はぁッ……なんで……いたいッ……はぁッ、はッ……」


 苦痛を訴え始めるシーナと、それを看病しようとするビエラとキュロロ。

 その光景を他人行儀で遠目に眺めているフィリは、何かを察したかのように、ただ一言こう呟いて、静かに笑うのだった。


「…………そろそろ・・・・、だねぇ……あはーっ」





─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─





 ただ、思ったことをそのまま言っただけだった。

 シーナを救う為に、第三皇女に会わなければならない……最悪、無為に帰す可能性もあるが、それが俺の本音であるのは間違いない。

 おかしなことを言っているつもりは、これっぽちもなかった。

 だが、一体どういう意味なのか……俺の言葉を聞いた台森は、ひどく困惑した様子で、こんなことを口走り始めたのだ。


『……オマエ、まさか……気付いていない・・・・・・・のか……?』

「いや、生きていることは流石に気付いていなかったよ。だから、現にこうして驚いて……」

『そうじゃねぇッ!!いや、そうか……生きていることに気付いていない以上は、考えが及ぶことなんてある訳がないか……!』

「……?さっきからなに言って……?」

『まだ、分からないのか?今、第三皇女が何処に居るのか────オマエだけは知って・・・・・・・・・いなくてはならない・・・・・・・・・だろうがッ!!』

「お、俺が……?」


 樹海の非人がより一層強い口調で、そう言い放った時だ。

 忽然と、なんの前触れもなく……ゴウッと、爆風が起こったかのように。

 何か・・が、風に乗って、俺の身体をすり抜けた。まるで、死神に身体の内側をほじくり回されているかのような、ハッキリとしたおぞましく強烈な気配が。

 それを受けた瞬間、身体が猛烈な拒否反応を起こして、全身から嫌な汗が吹き出てきた。


「この感じッ……そんな、なんで・・・……ッ!?」


 覚えがあった……いいや、忘れる筈がない。

 このおぞましい気配に、何度怯えたことか。

 この強過ぎる気配に、何度殺され掛けたことか。

 あの時からまったく色褪せていない気配は、かつてのトラウマを呼び起こし、相変わらず俺の胸を強く締め付けていた。


『遂に、来やがった────かつて、このペデスタルを支配していた化け物が……ッ!』


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