3ー2 ユニストの奇妙な平穏


「うぉぉっ!?なんだこの黒いの!?メッチャへばりついてくるんだが!?」

「バッカお前ッ!!牙剥いてこっちを見んなッ!!喰うならあっちにしろあっちに!!」

「やめろぉォッ!!俺を犠牲にすんなぁァッ!!」

「モゴモゴモゴモゴ……モゴングゥゥーーッ!!」

「いやぁぁァァァッ!!既に頭からバックリ喰われてるぅぅゥゥゥッ!!?」


 その日、ユニスト協界のギルド本部は阿鼻叫喚の波に覆われた。

 ノベスールからやって来た『コクモノ』たちが、雪崩のようにギルドに流れ込んできて、偶々そこに居合わせたギルドメンバーたちを混乱に陥れたのである。


「────この人達を、ここで保護してもらいたい」

「は、はぁ……えっと、まさか、全員ですか?」

「このユニスト協界は、人種問わずに、様々な人物を受け入れてくれると聞いた。せめて住む場所を確保出来るまでで良い。彼らを、ここに置いて貰えないか?」


 カウンター前に立ち、堂々とした佇まいで、マスター代理のギルドメイドにそう要請するのは、仮面を顔に着ける人物だった。

 その光景を客席に腰掛けて遠目に眺める俺は、隣に座るフィリに問い掛ける。


「あの……あれはどなた?」

「あれは『殺し屋』ちゃんだねぇ」

「あんなに堂々と物を言える人だったっけか?」

「仮面を被ると性格変わるんじゃないかなぁ?」

「うそぉ、いくらなんでも変わり過ぎじゃない?」

「ん〜、試してみよっかぁ?」

「試す?」


 そう言いながら、あはーっ、と楽しそうに笑うフィリが、抜き足忍び足で殺し屋に近付いていく。殆ど密着状態にまで近付くと、背後から手を回して、一気に彼女の仮面を剥ぎ取った。


「ほぃ〜っ!」

「ひゃわぁぁっ!?」

「あ、殺し屋だ」


 なんだか安心したのも束の間。

 甲高い悲鳴を漏らした殺し屋は、瞬時に小動物の姿に変化して、カウンター席でビエラと談笑していたシーナの背後に隠れる。


「あら?殺し屋さん?どうかしたの?」

「おっとぉ?もしかしてこの子が話にあった『殺し屋』?メッチャ可愛いじゃん!」

「はぅぅっ!?」


 続けて、目の前に現れたビエラの姿に驚愕して全身の毛を逆立たせると、疾風の如く駆け出して、俺の胸に飛び込んで来た。


「わっと!」

「ツ、ツムギ様ぁ……私、もう、心臓が保ちません……人が……人が、こんなに、いる、なん、て…………(ガクッ)」

「しっかりして殺し屋さぁぁぁんっ!?」


 ノベスールの一件で、俺の非人としての力を目の当たりにした結果……殺し屋からは、様付けで呼ばれるようになってしまった。

 辞めるようには散々お願いしたのだが、これまで非人に対して礼儀を尽くしてきた身として直すのは難しいとのことだったので、彼女が慣れてくれるのをゆっくりと待つことに。

 ただ、相当の人見知りなのか、こうして知らない人ばかりの人混みは卒倒するほどに苦手らしい。


「お師匠さん、殺し屋さんを怖がらせるのは良くないと思うわ?」

「えっ?今のアタシが悪い感じだったの?」

「ツムギくんツムギくぅん、その毛玉モフモフさせてぇ?」

「あのー、コクモノ受け入れの話はどなたにすれば宜しいのでしょう?」

「おおぉぉぉっ!?スっゲェェっ!!このスライムみたいな奴ら合体するぞ!?」

「一応獣っぽいけど、酒は呑めんのか?いや、もうどうでも良いや!人間もコクモノも呑めや歌えや!今日は俺の奢りだぁぁっ!!」

「「よっしゃぁぁぁぁッ!!ご馳走さまでぇぇぇぇすッ!!」」


 流石はユニスト協界というべきか、未知の存在が相手でも許容するのがとても早い。この調子なら、コクモノの皆がユニスト協界に定着するのも時間の問題だろう。

 俺自身、ほぼ無関係な人間ではあるが……このペデスタルにおける、ユニスト協界の重要性と偉大さを改めて知った、そんな一時だった。





─※─※─※─※─※─※─※─※─※─





 カポーンっと、桶が床に当たる音が湯気の中に漂う。

 偶々、ギルドメイドの一人が掘り当てたという温泉源を用いて設立された、ユニスト協界におけるレジャー施設の一つ、温泉浴場。タイルの敷き詰められた洗い場に、暖かい色合いの木で作られた大きな浴槽。外部には露天風呂があり、そんじょそこらの宿屋よりも、本格的な空間が用意されている。

 ギルドに来訪した者は、必ずその温泉を利用する傾向にあるが……今は丁度、営業時間外。

 ギルドメイドを始めとする、ギルド関係者たちの貸し切りタイムとなっていた。

 星空と湯気が絶妙に絡み合うような風情がある光景の下。露天風呂に肩まで浸かるシーナは、水面に浮かぶウッドネックレスを眺めながら、小さく笑みを溢した。


「……ふふっ」

「おぉ?なになに、シーナってば嬉しそうな顔しちゃって〜。その首飾り、もしかして誰かからの贈り物?」


 シーナと肩をくっつけて寄り掛かり、興味津々といった様子で尋ねるのは、ギルドメイドのビエラだ。


「えぇ、ツムギから貰ったの!」

「へぇ!ツムギも粋なことするじゃん!そっかそっかぁ、だったら大切にしなきゃだ」

「もちろん!だけど……」

「だけど?」

「……ううん、何でもないわ。それより、殺し屋さんも一緒に入ってくれたのが嬉しいの!」


 満面の笑みを浮かべて移す視線の先に、口元までお湯に浸けて、ブクブクと泡を吐く殺し屋の姿があった。

 お風呂場にまで頭に仮面を掛けている彼女は、忙しなく視線を動かしながら、とても申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


「はぅぅ……目の前で気絶しちゃったりして、ごめんなさい、です……」

「あはは、いーよいーよ、気にしないでってば。こうして裸付き合いしてくれるにまで慣れてくれたんだから、私も嬉しいよ」

「それは……ツムギ様やシーナさん、ビエラさんも……ギルドの皆さんが優しくしてくれたからです。私達を受け入れてくれて、本当にありがとうございました」


 ギルドの計らいにより、ユニスト協界の一部にコクモノたちの居住区を設けることが決定した。

 当初はその異常な形状から、かなり怖れられていたが……様々な人々が集まるユニスト協界の特色からか、受け入れられるのも早かったように思える。

 一応、コクモノたちの筆頭として丁重にお礼を言う殺し屋を前に、突如、シーナがずいっと詰め寄りながら手を包むように握って声を上げた。


「殺し屋さんっ!!」

「はぅ!?はっ、はいっ!?」

「お礼を言うのはこっちの方だわ!皆がユニスト協界に来てくれたお蔭で、あんなに楽しい時間を過ごすことが出来たんだもの!」

「え……」

「だから、私達と一緒に来てくれてありがとう!あなたたちと知り合うことが出来て、私とっても嬉しいわっ!」

「相変わらずド直球だなぁ、シーナは。まっ、そういうところが気に入っているんだけど。ねっ、殺し屋ちゃんもそう思わない?」

「……」

「殺し屋ちゃん?」


 すると、殺し屋は静かに視線を落とし、ギュッと目蓋を閉じる。

 少しの間だけ沈黙が続き、シーナとビエラが不思議そうに首を傾げて殺し屋を見守っていると……彼女は、何かを決心した様子で顔を上げてから、こう切り出した。


「────キュロロ」


 その意思表明のような言葉に、シーナも、ビエラも、驚いた様子でハッと目を見開く。


「それ、もしかして、あなたの……?」

「はい。それが、私の名前。樹海の非人様より授けられたきり、ただの一度の呼ばれたこともない……形だけの名前です」

「……!」

「もしかしたら、もう遅いのかも知れません……おこがましいのかも知れません……だけど、これからは……殺し屋という役割としての名ではなく……キュロロとして生きていきたい……!そう、思っても……良いんでしょうか……?」


 水気に潤された顔の中で、瞳から小さな雫が滴り落ちる。

 きっと、それを言い出すまで怖くて堪らなかったのだろう……一層大きな声を発しながらも、その身体は小刻みに震えていた。

 そんなキュロロの見せた決意を、慰め、そして称えるように、彼女の震える肩を、シーナが優しく撫でて微笑みかける。


「精一杯の勇気を振り絞ったのが、とっても伝わってくるわ、『キュロロ』」

「あ……」

「遅くもないし、おこがましいなんてあるわけないっしょ?仕事柄、そういうことが出来ない人を大勢見てきたけれど……その点、あんたは最高だよ、『キュロロ』。ますます好きになっちゃった」

「……っ……シーナ、さん……ビエラ、さ…………はっ、あれ……?わた、し……ぅ、は、うぅぅ……っ」


 気付けば、キュロロはこれまで押し留めていた感情を溢れさせるように、止めどなく涙を流していた。

 一体どれだけ長い間、非人の前で我慢を続けてきたのだろうか……心なしかぎこちなく涙を流す姿は、泣き方すら知らないようにも見える。

 それからしばらくの間、浴場の中には、キュロロのすすり泣く嗚咽だけが反響するのだった。


「キュロロ。そろそろ、落ち着いたかしら?」

「は、い……何から何まで、ごめんなさい……」

「いーのいーの。それより、さっきからずっと気になっていたんだけど……」

「はい……?」

「キュロロってさ、デカくない・・・・・?」


 ビエラの視線がキュロロの顔から下に落ちる。

 その行方を追ったシーナが納得した顔で、確かに、と手を叩くと……彼女の言い分を悟ったキュロロが、途端に顔を真っ赤にして、自身の豊胸を両手で抱くように覆い隠した。


「………………はぅぅぅっ!?い、いえいえ!お二人の方が、こう、とってもスタイルが良くて……!」

「それも分かるっ!シーナは出るとこが出てて引っ込んでるところが引っ込んでるから、マジでスタイルはイイ!」

「そうなの?だけど、ビエラもとってもステキよ?」

「ありがと!そうやって自覚がないとこもイイ!だーけーどー!キュロロのはそれとは比べ物にならないボリュームってことっしょ!?なにそのデカさ!悩殺ボディーってのはまさにこのことだよね!?」

「悩殺ボディー!?」

「ねぇ、お師匠さん。これは即、確認すべきだと思うわ」

「さっすがはシーナ!気が合うねぇ!アタシも、ちょうど今おんなじこと考えてたっしょ〜!」

「はぅぅっ!?あ、あのあの、お二人共……!なんか、目が怖いです……!い、一体、何をするつもりで……っ!?」


 次の瞬間。

 シーナとビエラの瞳が、ギランッと怪しい光を放つと……先程までのほのぼのとした雰囲気は、一蹴された。

 偶々、浴場の近くを通り掛かった人物の証言によると……浴場の中で、何やらとても甘く、艶めかしい喘ぎ声が、長々と響き渡っていたという。

 それが何だったのか……真実は定かではない。

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