3ー5 破壊、破壊、そして破壊


 慌ててギルドの中へ駆け込んだ時に、シーナが踏み付けられているのを目の当たりにして……俺の中で、プツリと何かが切れた。

 ソイツが第三皇女だろうが、何者だろうが、どうでも良い。

 許せない。

 全身が真っ黒に染まるような想いに駆られて、俺は拳を全力で握り、振りかぶっていた……普通の人間がマトモに喰らえば、粉々に砕けてしまうであろう、非人の力を際限なく振り絞って。

 そして、それを振り抜いた時だった。

 第三皇女の身体が素早く動き、まるで動きを読んでいたかのように、俺の拳に自身の掌底を打ち合わせた。

 直後。

 拳と掌が勢いよく衝突した拍子に、全周囲へと凄まじい衝撃波が走る。


「うっ、くぅ……っ!」

「わぁおぉっ……!」


 可能ならば、今すぐにでもシーナたちを遠くへ逃したいところだが……第三皇女を相手にしている以上は、その意識が命取りになることを、俺はよく知っている。

 第三皇女は、強い……故に、油断は出来ない。

 この瞬間に、全身全霊を懸けて……今度こそ、こいつを打ち倒してみせる。


「あの時の借り……今ここで、全部返させて貰う……ッ!!」


 その場で姿勢を低くしつつ、両手で床を思い切り叩く。

 衝撃に呼応するように、床から幾本の図太い木の根が突出すると、周囲の家具を巻き込みながら一斉に第三皇女めがけて突撃した。


 ────[樹槍]。


 台海の生み出した巨人を粉砕した時と同等……いいや、それ以上の威力を誇る渾身の一撃だ。

 非人でさえも、力技で止めることが出来ない力であれば、流石の第三皇女でも……。


「……迂闊な。非人の力を手にしたせいで、慢心していると見える」

「……ッ!?」


 しかし。

 一切の躊躇もなく襲撃した樹根は……第三皇女にまで届かなかった。

 第三皇女に近付けば近付く程に、樹の根は黒く変色し、萎れていき……彼女に当たるまでには、ボロボロに朽ち落ちていたからだ。


「なッ、朽ちて……!?」


 そこから先は、あまりにも一瞬の出来事だった。

 何が起きているのか……それを思考しようとした時には……。


 ────第三皇女は俺の目の前で、腕を引いて立っていた。


 韋駄天の如くとか、稲妻のようなとか、そんな言葉で言い表すことは出来ない────気付けばそこに居た・・・・・・・・・

 常人離れした非人の反応速度……それを更に凌駕する移動速度で、第三皇女は、既に攻撃態勢を整えていたのだ。

 それに対して、俺は迎撃態勢を整えることすら出来ず……。


「堕ちろ。神の座に収まっただけの不憫な非人風情が……今のお前では、到底、私に及ばない」

「……ッ!!」


 第三皇女が重々しく放った掌底が、深々と俺の鳩尾にめり込む。

 その衝撃は、途轍もない威力を秘めていた。

 金槌よりも硬く……斧よりも鋭く……一点集中で、台樹と同一である強固な身体に浸透し、内部から爆発するように……。


 ────俺の全身を、木っ端微塵に粉砕させるのだった。


 





 非人と第三皇女……両者の激突の末に辿り着いた、あまりにも呆気ない決着。

 目の前で、ツムギが塵となって消える光景を目の当たりにしてしまったシーナは、皮膚を引き裂かんばかりの勢いで目を見開き、ワナワナと震えていた。


「ツムっ、ギ……っ!!」

「さて……」


 いい加減に用を済ませたい、そう言いたげに短く溜め息を吐いた第三皇女の視線が、シーナへと向けられる。

 そこへ、彼女の視線を遮るように立ち塞がったのはビエラだった。


「これ以上、うちらのギルドで好き勝手やるつもりってんなら……許さないっしょ?」

「ユニスト協界……この崩壊したペデスタルの中で、今更何を足掻くつもりだ?」

「足掻いているのはウチらじゃなくて、人の未来。世界を捨てた皇女様に口出しされる謂れはないっての」


 両者の実力差は歴然だった。

 しかし、いつにも増して威風堂々とした風格を見せつけるビエラは、第三皇女の圧倒的な存在感と、互角に対峙していたのだ。

 しかしながら。

 今、この瞬間において……場を支配しているのは、第三皇女である事実に変わりはない。


「お師匠、さん……だ、め……逃げ、て……ッ」

「シーナ……?」

「……繋がりは、お前の心を蝕む。そう忠告した筈だぞ、シーナ」


 そう言い放った時、第三皇女の気配が激変する。

 その真意に気付いたフィリは、瞬時に顔を強張らせて走り出し、第三皇女から一気に距離を離した。


「ヤッバぁ……!」

「だめッ……お願、いッ……もう、辞めて……ッ!!」

「お前が出来ぬと言うならば……お前の繋がりを、今ここで、私が全て断ち切ってやろう」


 今までとは全く異なる、途轍もない事象が起ころうとしている……それを直感したのか、ビエラは素早く傍に居たシーナとキョロロの手を引っ張り、二人を庇うようにして構えた。

 その勇敢な行動を前に、第三皇女はゆっくりと瞳を閉じてから、何かを弾き出すように勢いよく目蓋を開く。


「────破壊しろ、[オド]」


 次の瞬間、ゴォッと短い衝撃波が広がり、周囲の物を打ち付ける。

 それが、引き金となった。

 衝撃波に当てられた、料理や飲類、机や椅子を含めた家具等に……次々と亀裂が走り、塵となって砕け落ちていくのだ。

 それは、第三皇女の近くに立っていた、ギルドメンバーやコクモノを始め、ギルドメイドたちも……そして、ビエラにまでも、同じ末路を叩き付けた。


「あ……あぁぁぁ……ッ!」

「…………あぁ……なる、ほど……これが、四皇女が持つ力…………参ったなぁ、これは、どうしようもないや……………………ごめんね、シーナ……」


 少し悔しそうに下唇を噛んで膝を付くビエラは、次第に全身がヒビで覆われていく。

 そして。

 まるで、ガラス細工のように────跡形もなく砕け散ってしまうのだった。


「い……や…………ッ」

「何を悲観している、シーナ。よく思い出せ。誰よりも人々との繋がりを拒絶したのは、お前だった筈だ……見ろ」

「あッ、ぐ……ッ!」


 ビエラだった・・・欠片を踏んづけて立つ第三皇女は、その場で屈んで、シーナの髪を掴み上げる。

 そうして無理矢理向けられた視線の先には、辛うじて生き残っていたギルドメンバーたちが、第三皇女とシーナの姿を見つめていた。

 不信感の滲み出る視線を向けて……。


「なんだよ、これ……どうなってんだよ……」

「あのシーナの身体から出て来た奴が、やったのか……?」

「まさか……シーナの仕業なのか……?あいつが、あの化け物を呼んできたから……?」

「あいつが……あいつが居なけりゃ、こんなことには……クソが……ッ!」


 誰もが見ていた……シーナの身体から、第三皇女が出て来た光景を。

 誰もが疑わなかった……シーナこそが、第三皇女を連れてきた張本人である、ということを。

 だからこそ、気付けば彼らの批判と非難は、全てシーナへと向けられていた……お前のせいだ、お前が居なければ、と。

 その光景は同時に、シーナの記憶の根底にあるトラウマを呼び起こすことになるとは、誰も知らない。


「あ……ぁ……ァ、ァ……ぁぁぁぁ……ッ!」

「聞こえるだろう、あの愚民共の声が。お前は、死ななければならない……故にこそ、孤独でなければならない……それは、私たちとお前が定めた、お前の運命なのだから」


 シーナは恐怖に震え、頭の中では第三皇女の言葉ばかりが激しく反響していた。

 それはあたかも催眠術のように、人の中で存在感を増していき、人の心を支配していく。

 そうして、また第三皇女の正当性と絶対性が、この場に植え付けられようとした時……これまで空気も同然だった人物が、弱々しくも第三皇女の腕を掴み取った。


「それは……違います……ッ」

「キュ、ロロ……?」

「シーナさんと、ツムギさん……お二人が、居なければ……今の私は、ここに居ません……お二人の紡いでくれた繋がりが、私に、新しい光と未来を、もたらしてくれたんです……その繋がりをッ、否定しないで……あなたみたいに残忍な人がッ、それをッ、無下にしないで下さい……ッ!」


 勇敢とも、無謀とも取れる行為だった。

 ビエラとは異なり、ビクビクとしていて気迫も存在感も皆無だが、少なくともほんの一瞬だけ、第三皇女の気を引くことに成功したのは間違いない。

 ただ、キュロロがどれだけの勇気を振り絞ろうが……そんなものは最早、羽虫が人間を相手に説得をするようなものだ。


「……誰だ、お前は?」

「あなたが、『ノベスール』に捨ててきた、黒の被験者の一人です……ッ!」

「知らんな、そんなモノは」

「ひ、ぎッ……!」


 第三皇女はキュロロの首を鷲掴みにして、その華奢な首をへし折ろうとする勢いで力を込める。

 もう、この場に……第三皇女を止められるだけの戦力は、微塵にも残っていないことを物語っていた。


「喧しく吼える獣は嫌いでな。そんなにシーナを庇いたいと言うのならば……お前も、共に逝け」

「……ッ!!」


 これで、終幕。

 シーナとキュロロに、第三皇女はトドメを刺そうとしたが……。

 その寸前。

 彼女たちの目の前に一筋の風が吹き抜ける。


「……」


 それは、つい先程に塵となって全滅したギルドメイドたちと同じ格好をした、一人の小柄な少女。

 その手に樹の根を握り締める彼女は、第三皇女をギロリと一瞥してから、シーナとキュロロの背中に手を押し当てると……二人もろとも、その場から消失してしまう。

 手中から獲物をむざむざ逃した第三皇女は、眉を潜め、舌打ちをしながら虚空を睨み付けるのだった。


「チッ……まだ生き残りがいたか、ギルドメイドめ」


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